色づいた世界 | ナノ
光奪われた


「口だけではないようですね」

 言ったランスがもう一つボールを手にする。見えたホルターにはもう何もない。このポケモン、ゴルバットで最後のようだ。
 ガーディとの相性は悪くはない。残りのボールに入っているギャラドスとセレビィのことを思えば、欲を言うことになるがガーディだけでけりをつけたい。
 マタドガスと違い、ゴルバットは素早い。物理攻撃は勿論、火炎放射といった攻撃もなかなか決定打にはならなかった。
 ゴルバットのエアスラッシュがガーディのしっぽをかすめて床を抉り裂く。攻撃ばかりに集中しているとこっちも危ない。
 かわし、かわし、隙を見て火炎放射。どうにか当てる方法はないか。ゴルバットが作った瓦礫はあるが、ガーディが砂かけで目潰しにできるような小ささではない。

「埒があきませんね」

 相手も同じ考えだったらしい。苛立たしげに、けれど平静な声音で呟いた。
 かわせる。あてれない。状況は全く同じだ。

「もしガーディを倒せても次の子がいるし。お前が諦めたほうが手っ取り早いよ」
「それよりも貴女がそこの窓から逃げるほうが早いですよ」
「ああそうだな、ついでに私の人生も早々に終わるよな」
「それはそれは。善は急げと言いますし」
「私の善行を邪魔してるのはお前だよ」
「善行?笑わせないでください。ヒーローごっこの遊びは終わりです」

 ランスは私から目を背け、ゴルバットの方を見た。
 遊びは終わりだと言ったのは言葉だけの応酬ではなかったらしい。

「ゴルバット、超音波」

 防ぎようのない音。聞いてしまったガーディはよたよたと数歩歩き、賢明に攻撃をしようと口を開いた。
 ランスのほうを向いて。

「! 待てガーディ!」

 それはまずい。いくらロケット団とはいえ、人に向かって攻撃するのは。しかも混乱状態のこの子がいつもと違い加減なんてできるはすがない。
 あわてて手を伸ばすが時すでに遅し。開いた口から炎が吐き出された。

 ひゅぅ

 そんな音だった気がした。全力で吐き出したはずの炎はたった一筋、蝋燭の火を吹き消したときのように数センチ前に出ただけだった。
 エネルギー切れ。そうだ、あれだけ炎技を連発していたんだ。限りなく打てるはずがない。
 疲弊と混乱で立ち止まるガーディにゴルバットが翼をふるおうとする、その前にボールにガーディを戻した。これ以上は戦えない。

「これで1対1ですね」

 冷静な声が届く。ついさっきまで命の危機に瀕していたというのにこの落ち着きよう。

「お前、わかってたな。ガーディが限界だって」
 
 なら超音波という有効な技をあのタイミングで使ったことに納得がいく。混乱状態になったガーディが暴れても身に危険が及ばないからだ。
 ランスは答えず、早く次をだせとばかりにゴルバットが旋回する。
 会話での時間稼ぎは無理、か。ゴールド、まだ戻らないのか。あの3匹とゴールドの腕ならそう負けないだろうに。やっぱり私も行くべきだったのかもしれない。
 ベルトに手をやる。関係のないギャラドスを戦わせることにためらいはあるが、ごめん。ガーディのボールを取り付け、ボールを掴もうとした。

「ゴルバット、行きなさい」
「っ!?」

 声と音に顔をあげる。私はまだポケモンを出すどころか、ホルダーからはずしてもいない。
 でも予想外というほではなかった。ロケット団がまともに戦ってくれない可能性は考えていたからこそ、私はゴールド達に戦わせたくなかったんだ。
 だから両腕で自分を守ることはできたけど、ああなんでそれが裏目にでるかな。
 ゴルバットの狙いは私ではなく、ガードががら空きだぜとばかりに露わになったホルダーめがけてエアスラッシュを放った。

「あ」

 カン、カン。カラン…。

 固い音が後ろで鳴り響く。振り返ると同時にゴルバットがボールを掴み、ランスの元へ持ち帰った。
 うそ。
 その手に3つのボールが乗せられるのを愕然と見るほかない。とられた。
 戦えるポケモンがいない。
 それが何を意味するか、この場においてどれほど絶望的なことか……!

「3つですか」
「!」

 ランスの言葉にはっと我にかえる。まだ終わりじゃない。
 向こうは私が3匹しか持ってないと知らないのだ。ならゴールドが来るまで、なんとか時間を稼げば。

「最近1匹捕まえたようですね」

 ……? 
 彼の言動にどう対処するか考えを巡らしていた私は突拍子にない台詞に眉を寄せた。同時にいやな予感がふつふつとわき起こる。
 
「……なに言って」
「あの少年を待っていたって無駄ですよ、とでも言えばいいでしょか。ああ、そういう意味ではありません。彼が負けたわけじゃありませんよ」

 だってここにいないんですから。
 わざとらしい遠回しな言葉で不安を煽り、要領を得ない私を嗤う。
 たっぷりと間を持たせた後で、ランスはゆるりと口を開いた。

「ねえ――、ラムダの変装はよく似ていましたか?」
「……っ!?」

 告げられた事実に愕然と膝をついた。
 あれは、ゴールドじゃなくて。チョウジのアジトにいた団員が変装していたんだ。私はあの子達を自分の手でロケット団に渡してしまったのか。そのことが何よりもショックで。
 嘘かもしれない。私を挫く嘘であればいいと思う。けど、事実私のポケモンは彼の手の中にある。
 卑怯な手に敗北感はない。でも私の感情に関係なく目に前にあるのは明確な敗北だった。

「子供が大人に楯突くんじゃありませんよ」
「…………」

 ああ、笑える。ゴールド達にはと、言っておいてこのざまか。
 大人になったつもりはない。わかってる。わっかてるよ、私だってガキだ。私の子どもっぽさはちゃんと自覚してる。だから並んだって視線も変わらない、同じ子どものあいつらにこんな真似はしてほしくなかったんだ。
 まっすぐなあいつらとは違い、私なら勝てると、思ったのにな。

「………、あーそうだよ。あいつらとは違うよなぁ、私は」
「!」

 力なくついていた片膝を起こし、ボールの代わりにリュックのショルダーを握りしめる。
 戦えるポケモンがいなくなって、"目の前が真っ暗になった”だなんて思うわけがない。この私が。この世界にいなかった私が。
 今まで戦ってくれるポケモンなんていなかったんだから!

「なっ!?」

 振りかぶったリュックにランスが目をむく。ゴルバットに指示を出す余裕もなく、腕でかばったランスが衝撃でよろめいた。
 ひょろいしな、こいつ。石入りのリュックはそれなりの威力だっただろう。
 もう1回、2回とめちゃくちゃにリュックを振り回しながら私は叫んだ。

「返せッ!レタス野郎!」
「だ、れが……!」
「腐ったレタスみたいな!色と匂いしやがって!」
「にお…っ。しつこいですよあなた!」

 吐き出す言葉に意味はない。何でもいい。力をこめるため、奮い立たすためだけに声を張った。

「くっ、いい加減に、おだまりなさいっ!」
「っ!」

 リュックを捕まれ、引っ張られる。いくら貧弱といえ大の大人だ。かなうはずがない。
 勢いに負け、私はリノリウムの床に転がった。今度こそ、丸腰だ。
 それでも何か手はないかとリュックを手にしたランスを見る。取り返すか。どうせならランスの持つボールの方を取り戻したい。

「………気に入りませんね、その目。まだ諦めませんか」
「ひったくり犯が目の前で棒立ちしてるのに鞄を諦める奴なんて、いないだろ!」

 手近にあった瓦礫を投げる。しかし手癖の悪さは承知の上か、不意打ちにも関わらず避けられた。
 眉ひとつ動かさずではなかったけど。彼は目を細め、不快げに私を見下ろした。

「ひったくりですか、なるほど」

 指先でボールを弄びながらカツンカツンと移動する。開け放した窓の前でぴたりと立ち止まり、腕を伸ばした。
 私は目を見開く。おい、それは。
 緑色した眼が私を向く。手にある命の行く末ではなく、私の表情を見る。

「ではこれは何というのでしょうね」

 宙へあっさりと手放した。

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