色づいた世界 | ナノ
毒りんごでも手にとって


「ふっふっふっ」
「!」

 シルバーのほうを向く前に男が笑いだしたことに注意を奪われる。男はシルクハットを抑え、不適な笑みを浮かべた。

「俺が誰だけわかるか?」
「……………」

 私は黙る。そしてシルバーも何も言わなかった。なんとなく顔を見ることはできなくて正面の男の顔を凝視するほかない。場の緊張感に気をよくした彼は高笑いをした。

「サカキだよ!サカキ様だ!」
「え?」

 耳を疑った。サカキ、だって?ロケット団のボスじゃないか。中ボスどころか黒幕もいいところ。そして、それが、シルバーの。
 ぐわんと巡る頭の中。どうしてだかもどかしい。ロケット団、父親。それは私が踏み入っていい問題か?

「……サカキって、こんな風だったっけ」

 私はまったく関係ない疑問を口にした。あの小さな声なんて聞こえなかったように。こんな形で暴かれる出生なんて、シルバーにしたら不本意だろう。

「もっと落ち着きのある感じだと思っていたけど」
「違う」
「!」
「こいつはサカキじゃない。偽物だ」

 はっきりとした声に振り向く。息を飲んだ。
 怒りだ、恨みだ、憎しみだ。そんな爆発しそうな感情を表に出し、ぎりぎりでつなぎ止めている。今にも飛びかかって行きそうで危うい。
 シルバー。呼びたいのに、それだけのことさえ憚られた。

「こいつは俺がやる。シアン、お前は装置を探しに行け」
「でも」
「行けって」
「………………。わかった」

 でも、の後が続かない。迷いながらも結局私は頷いた。きっとここから先は踏み行入っちゃいけない。触れてはいけない。
 焼き付いたシルバーの表情を振り払い、来た通路を駆け戻る。ああまるで逃げたみたいじゃないか。何から?シルバーから?
 走りながら私はくしゃりと目を伏せた。あの顔を一度見たことがある。そう、マダツボミの塔で。大きさは違えど根本にある感情は同じ。怒りに身を任せながらも瞳は揺れる。
 あれは答えを探してるんだ。
 真っ直ぐな想いで「答えろ」と言った。あの時私はろくに答えなかったなあ。そして今逃げている。ほんと情けない。
 私には関係ないどうしようもないと言い訳をして迷子の子供を置いて行くような罪悪感。その子が探しているのは、そうか、"父親"か。
 マダツボミを置いて行った私にシルバーは誰を重ねたのか。たぶん間違っていない。導き出された答えに胸が締め付けられる。

 悪かった。ごめん。終わったら今度はちゃんと向き合うから。もう逃げるのはこれっきり。誰にも縋れないから怒りで奮い立つしかない奴を放っておいたりしない。

 まずはこいつから始めよう。真新しいボールを握りしめた。
 一度にみんなを救うなんて立派で器用な真似は出来ないとわかってる。けど、この手に触れたものくらいは助けてやりたいよなあ。










 頑丈に閉ざされた扉の前に私は立つ。耳を当てるまでもなく電子音が聞こえた。この中だ。
 場所はわかったがこの扉を開くには何かを認証させる必要があるらしい。当然そんなものは持っていない、が。

「そこまでよ――!」
「!」

 女性の声と鳴り響くヒールの音にはっと振り返る。今までのロケット団とは違う、白い服に身を包んだ、……また赤髪か。

「3人って被り過ぎだろ」
「何ですって?」
「いーやこっちの話。赤いおねーさん、あんたがこの装置を動かしてるのか?」
「まあそうね。任されているのはあたくしよ」

 誇らしげに頬笑む彼女。この実験を有意義なものと確信している。

「止めようたってそうはいかないわ。第一、パスワードは手に入れたのかしら?」
「……はっ、んなもんいらないよ」
「?」

 扉開けて、ボタンをぽちっとな。それで済むなんてぬる過ぎる。
 進化はいいか悪いかって聞かれれば、それは良いものだろう。けど、このギャラドスは赤い。赤と聞いて真っ先に思い浮かぶあの人のように、赤色が示すのは強者のイメージか。あるいは。

「なあ、ギャラドスにとって赤ってどんな色だと思う?こいつらにとって赤っていえばコイキングの色だろ。しかもそれが電波なんていう、わけわからんモンのせいだったらさあ」
 
 暴れていた。かつての自分、最弱を遠ざけた。水面に映る自分の姿を捻じ曲げた。

「私だったら切れるね!」

 ぶん投げたボールから赤い赤い竜が飛び出す。目を見開く彼女の前に降り立ち、咆哮を轟かせた。
 所詮私の憶測だ。けどギャラドスが迷わず扉、その奥にある装置に向かって破壊光線を放ったから見当外れではなかったと思う。ねえ、ここに連れてきたこと、少しは助けになれたかな?

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