「ったく仁王なんかに隙見せんなって。だから俺がこんなとこに来ることになったんじゃねーか。」

丸井くんはそう言うと私を立たせて近くのベンチに座らせてくれた。そして私の前に膝立ちをすると、仁王くんがはずしたボタンを閉じていく。

「え、あ、自分でやるよ!」
「いや、俺がやる。お前は泣いとけ。」

自分でやるという申し出を断り、丸井くんはボタンをとじ終えた。仁王くんよりはずっといいけど、やはり正直恥ずかしかった。

「あのな、なまえ。」

不意に名前で呼ばれた。いつもは名字で呼ばれるし、名前で呼ばれたことなんて一回しかない。びっくりして丸井くんを見る。

「ごめんなっ!俺のせいで。」

いきなり抱きしめられた。とても優しく。腕に全然力は入ってないのだけれど、気持ちがこもっていないわけではない。むしろ腕から丸井くんの気持ちが伝わってくる。

「仁王にあんなことされて嫌だったろぃ?辛くて苦しかったろぃ?」
「……うん。」

耳元で囁かれる。すぐ近くの丸井くんの悲しみを帯た顔が顔がすごく綺麗。
でも分からない。丸井くんがなんでそんな顔をするのか。ずっと…、ずっと思っていた。

「なんで…?」
「ん?」
「なんで丸井くんがそんな顔をするの?それになんで謝るの?」
「それは……。」

丸井くんは目を伏せた。明らかに言いたくないみたいだった。それでも。だって丸井くんは…

「だって丸井くんは私のこと嫌いだから。」
「違う!嫌いなんかじゃねーよ。」

丸井くんはすぐに声を荒げて反論した。そして抱き締める力を強め私の頬にキスを落として笑った。

「だって好きでもないやつを抱き締めたりキスするわけねーだろぃ?」

やっぱり冷たい瞳だけど、笑顔には陽だまりのような暖かさももっていた。

「お前のこと好きに決まってるだろぃ?」

言葉が出ない。それは驚きか嬉しさかは分からないけれど。まるで言葉を忘れてしまったようだった。

「酷いことして悲しませてごめんな。いっぱい泣かせたよな。けれどそれが俺の賭けでもあったんだ。」

丸井くんは私から離れると、ベンチの隣に座った。そして私の鞄をあさると丸井くんのために作ったお弁当を取り出すと食べ始めた。

「賭け?」
「俺さ、知ってたんだ。お前が俺のこと好きなのを。いや、聞いたとも言うべきか。」

聞いたなんて嘘に決まってる。だって丸井くんが好きなことを誰にも話したことがなかったから。いったい誰に聞いたのだろうか。
答えを求めて丸井くんを見るとおにぎりを頬張っているところだったが、私の視線に気付くとすぐにコクリと飲み込んだ。

「仁王に聞いたんだ。仁王は人の表情よむの得意だから。」

仁王。その言葉を聞くだけで体が内側から溶けていくような感覚を覚える。
でも前はいい人だった。私を助けようとしてくれた。

「で、俺はお前が本当の俺を知っても好きでい続けるかという賭けをするために、お前にこのゲームを持ちかけた。まぁ調子のっちまったけど…それが真実だ。」

やはり言葉が出ない。なんだかズルイ気がした。賭けだなんて、そんな。もう頭がゴチャゴチャして破裂しそうだった。

「俺はお前のこと好きだよ。」

また涙が出てくる。先程とは違う意味を持った涙が。やっぱり自分が情けない。
でも。
もっと早くその言葉、聞きたかったよ。


20120919

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