瀬那が部屋を出て行き、その足音が聞こえなくなってからクロードは机の引き出しを開けた。
一番上に置かれていた大きめの封筒を掴むと中身を出す。
そこには腐れ縁の幼馴染み、シャロンの署名が入っている。
キースがクロードの下を訪れたのは瀬那に会うためだけではなく、姉から預かったこの封筒を渡す目的もあった。
だがキースの件もあったためクロードは話を聞いた段階で、そちらは瀬那に任せても大丈夫だろうと一任させ、シャロンからの依頼は自身で済ませるつもりだった。
書類には数十人分の失踪届と事件の要約が書き記されている。
ここ数年間、ツェーダの街で失踪者が出ているのだが、大概は地方出の者や身寄りのない者らしい。
借金や生活を苦に、行方を晦(くら)ます者も中にはいるので当初は事件性はないと思われていた。
しかし最近は街の人々も失踪し始めたため警察(ヤード)も腰を上げた。だが、失踪者の明確な数も行方も分からず仕舞い。
女王陛下よりクロードへ事件を明け渡すよう命(めい)が下された、といった具合らしい。
「此れで解決せよとは、女王陛下も無茶を言う。」
現在届出のある失踪者の名簿と、彼らが失踪前に立ち寄った店などが書かれた報告書。
解決の糸口すら無いのではないかと思うくらい、為にならなさそうな書類ばかりである。
かと言って、瀬那に手伝わせるつもりは無い。
瀬那は瀬那で友人のキースから依頼された件があり、それを中途半端に放り出させるのは瀬那自身の信頼や立場に関わる問題だ。
だからこそ、友人思いの従者にそちらの案件は任せたのである。
少々四苦八苦している様子ではあったものの、何かあれば言ってくるだろう。
クロードは手の中にある書類を眺めて小さく唸った。此方は此方でやる事が山積していた。
書類を机に並べ、失踪者が訪れた場所を地図と照らし合わせて書き込んでいく。
平面上から何か得られるものがないか、粗方書き終えた地図を眺める。
失踪者が行方を晦ます直前にしていた行動に関連性はない。
ないけれど、何かが引っ掛かった。
机の上に並んでいる書類を読み直していく内に、ふっとクロードの脳裏に一つの可能性が生まれる。
書類片手にペンを持ち、地図に線を書いていく。
それは幾重にも繋がり、互いに折り重なり、頭に浮かぶ可能性を強めた。
何度も何度もペンをインク壷に浸しては飽きることなく動かし続け、最後の一枚に至るまで目を通し終えたクロードは溜め息を吐いてペンを手放す。
カランと軽い音を立てて、それが地図の上へ落ちた。
失踪者が消える直前に出入りしていた場所が全て線で結ばれ、地図の上に歪(いびつ)な線の重なりが出来上がる。
それら一つ一つは、一見すると何の繋がりもなさそうだ。
しかし線で引き結ぶと面白い程、行動の全体像が露わになる。
「…これが糸口か。」
線はツェーダの街の、ある区画周辺を頻繁に通っていた。
蜘蛛の巣の如く線は内側に行くほど密集していくと言うのに、中央にぽっかりと穴が開いている。
何故失踪者達がこの区画を頻繁に通ったのか調べる必要がありそうだ。
偶然とは言い難いそれにクロードは顎に手を添え、翌日の予定を考える。
と、扉が叩かれた。
手早く地図と書類を引き出しへ入れて鍵をかけ、インク壷とペンを脇に除けてから訪問者の入室を促した。
扉を開けて入って来たのは瀬那である。
一度入浴したのか癖が付いていた髪は普段通り一方の肩で緩く編むように纏められていた。
「失礼します。夕食のお時間ですが、こちらで食べられますか?」
時計を見遣れば夕食の時間ギリギリだ。
どうやら時間近くになっても食堂に来ない自分を呼びに来たらしい。
「いや、食堂で食べる。」
「そうですか。――…あ。」
「何だ?」
席を立ち扉の傍へ行くと瀬那が声を上げる。
視線を向けたクロードの袖を瀬那は少しだけ摘まむ。
「インクが付いていますよ?差し出がましいかもしれませんが、着替えられた方がよろしいかと。」
指摘された場所を見ると確かに袖にインクが擦れた跡があった。
暗い色味の服なので目立たないが、気付いてしまったものは仕方がない。
瀬那を先に食堂へ戻らせたクロードは服を着替え、着ていたものを片手に部屋を出る。
途中擦れ違った使用人の一人に手渡し食堂へ向かった。
食堂では既に瀬那とイルフェスが着席しており、特にイルフェスは空腹なのか落ち着かない様子で座っている。
クロードが席に付けば給仕が料理を運んで来た。
前菜を食べ終わったのを見計らうように瀬那が口を開く。
「明日、伯爵の蔵書を読ませていただけませんか?」
「何か調べるのか?」
「調べると言えばそうなりますが…。明後日のために少しでも克服しておきたいかな、と。」
歯切れ悪く言う姿にクロードは思わず噴き出した。
そんなに医療器具が駄目なのか。
並べられた主菜にナイフを差し入れつつ、瀬那から向けられる非難の視線を受け流す。
「良い心構えだな。」
「絶対褒めてませんよね、それ。」
「そんな事は無い。まぁ、明後日に響かぬよう程々にしておけ。」
「えぇ、言われなくても程々に頑張りますよ」
拗ねた口調で言ってイルフェスの世話をし出す瀬那に、クロードはまた声もなく笑った。
頑固者と褒めるべきか、負けず嫌いと呆れるべきか。
会った当初から変わらぬ従者の気の強さは恐らく長所なのだろう。
時々空回りしてしまうのが玉に疵(きず)だが、飾らない性格なのは好ましい。
もう少し女性らしく淑やかに出来ないのかと思わないでもないけれど、此ればかりは性格だから仕様のないことだ。
イルフェスと楽しげに話す瀬那を一瞥してからクロードも止まっていた手を動かした。