やや低い押し殺すような声が事務的な言葉を口にする。
解剖された遺体は学院で荼毘に伏すのか。それは知らなかった。
にしても扱いが雑ではないだろうか。袋を見つめたわたしの思いに気付いたらしく、院生達は目を伏せた。
「解剖された遺体は引き取り手がないから仕方ないんだ。」
「え?遺族は――…」
「取りに来ないさ。バラバラにされた家族の姿なんて、誰だって見たくないだろ?それに葬式は金がかかる。」
院生は話しながらも手を止めなかった。
バケツリレーの如く麻袋を他の院生へ手渡していく。
わたしが見学者だったからか院生はポツリポツリと呟くように解剖後の遺体について教えてくれた。
遺体は学部に持ち込まれるとすぐに割り振られた院生達によって解剖され、バラバラになる。その遺体は学部に入りたての院生達がやはり当番制で、このように学院の裏手にある焼却炉で火葬するそうだ。
土葬だとばかり思っていたが、解剖された遺体を埋葬する場所が足りないため、火葬して骨だけを埋めるらしい。特に病で亡くなった遺体は土葬の場合、病が学院内で蔓延してしまう。そういったことを防ぐ目的もあるのだとか。
遺体を運び終えると建物から出て来て院生達は全員煙突から昇る煙に黙祷する。
医学のために身を捧げたはずの人々でも、必ずしも丁寧に扱われる訳ではないだなんて悲しい話だ。
去って行く院生達に礼を述べ、わたしは立ち上る煙を見ながら思考を巡らせる。
火葬は一番厄介だ。普通に埋葬されているのなら掘り起こして遺体を調べることも可能だが、骨になってしまっては死因の特定が困難になる。
撲殺であれば頭蓋骨に傷も出来ようが絞殺や刺殺などだったら骨だけでは分からない。
現代の技術も機器もないこの世界では尚更難しい。
もしも解剖されている遺体の中に殺害されたものが混じっていたとしても、火葬後にそれを立証する術がない。
ある意味で、解剖学部とは死体の処理にうってつけではあった。
――…が、それは事件が起きていると仮定した話で、少なくとも今はまだ事件性は見付けられない。
「…杞憂だったらいいんだけどなぁ。」
強くなってきた焼却の臭いに鼻を押さえてその場を離れる。
ふわりと首元にかかった髪を後ろへ払い学院の建物内へ入ることにした。
人気の少ない休日を狙ってやって来たからか廊下を歩いていても全くと言っていい程、人と擦れ違わず、壁に書かれた院内案内図を偶に見てはウロウロと歩いてみた。
現代の建物と違い廊下側に窓のない部屋ばかりなので気になった場所はわざわざノックして確かめないといけないのが少々面倒だけれど、実験室などはドアを開けた時にふわりと薬品の匂いが広がって中学の理科室を彷彿とさせて少しだけ心が弾む。
薬品を保管している部屋などは基本的に施錠してるらしく入る事は出来なかった。
それくらいは当然なのだが、ガッカリしたのは秘密にしておこう。
そんな風にやや寄り道しつつ解剖学部のある棟へ行く。解剖、というだけあってか廊下には動物達の剥製が飾られていた。熊やら鹿やら様々な動物を眺めて歩く。
解剖室と書かれた部屋の扉の前で一度足を止め、入るか考えた後に二度ほど扉を叩いた。
何の反応もなかったので人はいないのだろうとドアノブを捻ったが開かない。なんだ、鍵がかかってるのか。これじゃあ入れない。
一瞬、この世界の鍵って結構ちゃちい作りだし蹴破ってしまおうか、などと邪な思考が頭を過ぎる。
…いやいや、流石にそれはマズいって。
最近思考回路がちょっと乱暴になってきたかもしれない。溜め息を一つ零して振り返れば一つ向こうの扉から見覚えのある人が出て来る。あの人って―――…
「…おや?」
その人物もわたしに気付いて足を止めた。少し白髪混じりの茶髪の中年というには少々年がいっている男性は、前に伯爵と二人で会った教授だった。
「こんにちは。」
「こんにちは。君、以前どこかで私と会った事はあるかね?」
小首を傾げてマジマジと見つめてくる教授に少しだけ苦笑する。
短時間の邂逅(かいこう)だったからか、すぐには分からないようだ。それでも見覚えがあると感じる程度には記憶しているらしい。
「セナ=ヴァレンシアと言います。」
「セナ、セナ…?――――あぁ!伯爵と一緒にいた子かな?」
「はい。その節はお世話になりました。頂いた水素もとても役立ちました。」
「そうかそうか、それは良かった。にしても随分と格好が変わっていて全然気付かなかったよ。」
好々爺のように朗らかな笑みを浮べて頷く教授にわたしも笑う。
それから偽だが身分証を見せ、今日は休日だったので学院の見学に来たと伝えた。前回伯爵に連れて来てもらったことで学院に興味が湧いたのだと言ったらやけに嬉しそうだ。
こういう人は教師としても人としても好かれるんだろう。
「王都に出てすぐ彼に拾われるなんて君は運が良かったのかもしれないなぁ。」
「はい、伯爵には感謝してもし切れません。」
「その気持ちを大切にね。……ところで解剖学も見て行くのかい?」
教授の問いに内心でドキリとする。なんだかフライングで核心を突かれた気がして、背中に嫌な汗が流れそうだったが、ここ一年近くで培った笑顔で頷き肯定した。
「えぇ、わたしももっと色々な事を勉強したいと思いまして。」
「そうかい、学ぶ意欲を持つというのは良い事だ。まだ君も若いから今のうちに様々な事に興味を持って沢山学びなさい。…そうだ、解剖学に興味があるなら入ってみるかい?」
「いいんですか?勝手に入ったりして何か言われては…」
「はははっ、こう見えて実は解剖学の教授なのだよ。薬品弄りは気晴らしと趣味でね。」
「そうだったんですか?」
意外にお茶目なところがある人だ。白衣の内側から鍵束を取り出し、そのうちの一つを鍵穴に差し込み、捻る。軽い音がして錠が開いた。
促すように開かれた扉の中へ入ると想像よりも室内は綺麗でこざっぱりとしていた。
棚には解剖用だろうメスや鉗子、内視鏡らしきものが並べられている。縫合用の針などがないのは使う必要がないからだろうか。きちんと数が決まっているらしく器具は全て同じ数ずつ揃っていた。
室内には幾つか手術台のようなものがあり、その上には重ねられた大き目のトレイが置かれている。
解剖で遺体を選り分けた際に使うのかもしれない。
…う、ちょっとこれは想像すると痛い。思わず腹部辺りを擦ったわたしに教授が苦笑した。