二人から指輪の特徴を聞き出してみれば案の定、第五の被害者が付けていた指輪と双子の指にはまっていた指輪と特徴が合致した。
きっと犯人は被害者全てに指輪を贈っていたに違いない。
それが同じ物なのか、それとも同じデザインの物を全員にそれぞれ贈っていたのだろうかは分からないが、これは犯人を捜す手がかりに成り得る。
二人の女性に丁寧に礼を述べて店を出るとキースとティア様が楽しげに馬車の前で話し込んでいた。
ティア様はとても楽しげに笑っていて、キースも何時ものちょっと悪びた笑みではなく、どちらかと言えば穏やかで柔らかい笑顔を浮べている。
…もしかして彼にも春到来?
何かと女遊びの激しかった男なので、もしそうであれば良い。
軽薄という訳ではないが少々遊びが過ぎるくらいだったので、好きな女性が出来ることは友人としてとても喜ばしいことだ。
出来る限りゆっくりと馬車へ近付いて行けば気付いたキースが手を振ってくる。
それに軽く振り返しながら傍へ行くとティア様が一歩離れた気がした。
おや?と思ったが一瞬合わさった目はバツが悪そうに逸らされてしまう。
「どうだった?」
それに気付かなかったらしいキースが好奇心のこもった目で見つめてくる。
こんな所で話して誰かに聞かれては困るからと馬車へ乗り込みつつ、御者に第四の被害者が働いている娼館の場所を伝えた。
心得た表情で御者は頷き、わたしが中へ入って腰を下ろすとタイミング良く走り出す。
どの貴族の家にいる御者も皆タイミングが良いがどうしてだろうか?
覚えていれば今度聞いてみようと思いながら手帳を開いて先ほど聞いてきた件と指輪について考えたわたしなりの仮定の推理を伝える。
「あなたはもう知っているでしょうが、被害者は左手の薬指を犯人に持ち去られています。ですが第二の被害者の双子のどちらかの指を今朝見つけまして、高価な指輪がはまっていることに気が付きました。」
「その指輪が事件と関係してるってことか?」
「えぇ、第五の被害者と先ほどの第七の被害者が働いていた娼館の娼婦たちに確認しましたが同じ物、もしくは同じ作りの物を持っていました。恐らく、犯人が彼女たちに贈った物ではないかとわたしは考えています。」
「でも娼婦だって指輪くらい買うだろ?」
「わたしの給金を半年分出しても足りない程、高価な物だと伯爵はおっしゃっていましたから。それは無いかと思いますよ。」
わたしの言葉に納得した様子でそうかと腕を組んで考えるキース。
横にいたティア様はあまりこの話題を聞きたくないのか車窓に視線を投げかけたまま、ピクリとも動かない。
女性がいる場所でこのような事件の話はこれ以上すべきではないだろう。
キースが口を開く前に、わたしは自身の口元に指を持ってきて彼の言葉を押さえ、それからティア様を手で示す。
それだけで通じたらしく軽く頷いてからキースはティア様に先ほど行ったのであろう装飾品店の話を振って、振り返った彼女と楽しげに会話を始めた。
わたしは口を挟むべきではないからと手帳へ視線を落としていれば時折、彼からの視線を感じたけれど気付かないフリを決め込む事にした。
これから向かうのは第四の被害者の下。
狙われながらも唯一生き残った娼婦で、彼女から少しでも良いから犯人の特徴などを聞き出せればと思う。
こういう時に現代ではないことが惜しい。もし現代であれば時間がある今のような時に伯爵へ電話をかけて現在までに得たことを報告できるのに。
遠く離れた相手との連絡手段が手紙くらいしかないのは本当に面倒臭い。
あぁ、さっさと終えて屋敷に戻りたい。
いつもならばティータイムに混ざって、伯爵の淹れてくれる素晴らしく美味しい紅茶を相伴に上がりながら見た目にも美しいクッキーやケーキに舌鼓を打てたのに。
甘いもの大好きというわけではないけれど彼の淹れる紅茶は同じ茶葉を使っていても不思議と味が違うのだ。
車窓へ視線を向けて心の中だけで溜め息を吐き出す。
それと同時に馬車がガクンと勢いを残したまま突然止まった。
わたしは進行方向へ背を向けていたため大事には至らなかったが、キースとティア様は危うくわたしの座っている席へ倒れそうになる。
キースが咄嗟にティア様を抱えて背もたれの一部を掴んだためどちらも怪我をせずに済んだ。
すぐに小窓が開き御者の声がする。
「申し訳ございません、御怪我はありませんか?!」
焦ったような声にキースとティア様を見て、何ともない旨を告げれば心底ホッとした声音で「それは良うございました。」と安堵の混じった溜め息が聞こえて来た。
「何かあったのですか?」
「よく分からないのですが、路上に人だかりが出来ていて進むことが出来ないのです。」
「…人だかり?」
二人に一言断ってから馬車を降りると御者の言葉通り路上には多くの人々によって人垣が出来ていた。
これでは通ることなど無理そうだ。
御者にそのままでいるように告げて、人垣へ近付くと壁になっていた人々のうち、男性が振り返る。全体的に線の細い優しそうな顔立ちの男性だった。
「すみませんが、何かあったのでしょうか?」
会釈をしてから聞いてみると眉を下げた男性は少し悲しそうな、困ったような顔で一度人垣の奥へ視線を投げた。
「何でもこのすぐ先の娼館で高級娼婦が一人、飛び降りたそうだよ。」
「!」
この辺りの高級娼婦と言えば第四の被害者くらいしかいない。
何故このタイミングで飛び降りてしまうんだ。せめてわたしが行くまで待っていて欲しかった。
男性へ礼を述べてから一度馬車へと戻って事の次第を告げればキースは興味津々な様子だったが、ティア様は気分が優れないようだったので、せっかくだけれどこれ以上の送迎は不要だと伝える。
警察が来ているだろうからわたしもそちらへ行かなければいけない。
残念だが今日中に全ての被害者が働いていた娼館へ行くことは無理そうだ。
「今日はありがとうございました。お陰様で随分楽が出来ました。」
「良いって。また何かあったら声かけてくれよな。」
「はい。…ティア様も御気を付けて。」
ティア様は小さく頷くとすぐに俯いてしまった。
それに軽く肩を竦めてからキースは御者に屋敷へ戻るよう言う。
元来た道を戻っていく馬車を見送り、見えなくなってからわたしも人垣へと戻る。
どこかから入れないかと背伸びをして見渡していると見慣れたブルーグレーの瞳と視線が重なった。
どうやら伯爵も事件を聞き付けて警察と共に来たらしい。
わたしに気付いた伯爵が傍にいた警察の者に声をかけてわたしを指で示す。するとすぐに警察がやって来て道を開けてくれた。
一歩踏み出そうとした時、ふと嗅いだことのある匂いが鼻先を掠めていく。
パッと振り返れば先ほど騒ぎの理由を教えてくれた男性が背を向けて去っていく所だった。