昨晩は疲れてしまって、あたしは副船長さんの部屋へ戻ると早々に眠ってしまった。
聞きたいことは沢山あったが一日で色々あり過ぎて頭がやっぱ追い付いてなかったみたい。
目が覚めると副船長さんが眠るベッドの枕元にいて、ヌイグルミの体からしたら大きく感じる上着がかけられていた。
部屋に戻った後の記憶が曖昧なので、結構すぐに寝てしまったのかもしれない。
ソファーでなく、わざわざベッドへ寝かせて貰えるとは驚いた。ヌイグルミだし居候だし放置されても仕方ない。
同じベッドでも、同じ毛布でなく上着をかけてくれたのは副船長さんの気遣いだと思って良いだろうか?
事情があると言え、よく知りもしない男性と一緒の布団で寝るのは抵抗がある。
……起きた時に美形の顔があったのには、叫びそうになったけど。
サングラス外して髪も解いた副船長さんは普通にイケメンだ。美男(びなん)だ。
気が緩んでる時に食らうとちょっと心臓に悪い。
とりあえず起こさないよう枕元でジッとしていれば、少し遠くの廊下を人が歩く足音がした。
途端にパッと副船長さんの瞼が持ち上がったので、あたしはまた驚いてしまう。
「お、おはようございます…。」
「お早う、真雪ちゃん。よく眠れたかしら?」
「それはもうぐっすりと。昨晩はお手数おかけしました。」
「あら、そんな気張らなくて良いのよ?これからアタシが貴女の世話係なんだもの、気楽にね?」
俯せで枕に腕を置き、そこへ顔を乗せた副船長さんはクスクス笑いながら、あたしの鼻先を軽く指先で突(つつ)いた。
気障な仕草だが様になっていて、しかも厭味(いやみ)がないんだから不思議だ。
あたしが頷くと起き上がり、副船長さんは廊下とは別に繋がる扉を開け、中へ入って行く。
見た限りあっちは洗面所みたいになっていて、鏡を見ながら髪を梳かし、手慣れた様子で編み込むと副船長さんは顔を洗った。
ベッドから降りてあたしも洗面所へ向かう。
が、ヌイグルミじゃあ洗面所に全く届かない。
抱き上げてもらい何とか顔を洗うと手早く拭われる。
子供みたいで本当に申し訳ない。それに恥ずかしい。
ソファーに下ろされ、副船長さんはあたしを上から下まで一度見つめた。
「ちょっと待っててちょうだい。」
廊下に出て行き、あたしは一人取り残される。
耳を澄ますと子守唄のような波の音が聞こえてきた。
暫くして戻って来た副船長さんの手には小さな布の山があった。
傍に置かれたそれを手に取ると、どれもヌイグルミにぴったりのワンピース。
「真白ちゃんのお古だけど無いより良いでしょ?」
「お古?………あ、」
「そうよ、最初は真白ちゃんも人形だったから。」
残ってて良かったと副船長さんがにこやかに言う。
お古だろうが何だろうが、着替えがあるのは嬉しい。
…と言うか、あたし今まで裸だったってこと?!
沢山ある服の山から副船長さんに選んでもらう。真白が好みそうな可愛いワンピースばかりで、あたしにはどれが良いのか分からなかったからだ。
一緒に渡された小さなキャミソールとカボチャパンツは多分下着。その上に柔らかなモスグリーンのワンピースを着る。
あたしが服を着る間、お互い背中合わせになる格好で副船長さんも着替えを済ませる。
「じゃあ食堂に行きましょうか。」
「食堂?」
「昨日話をした広い部屋が食堂で――…あぁ、そう、船内は一人で歩き回らないでね?真雪ちゃん、小さいから気付かないで蹴られちゃうわ。」
「…はい、気を付けます。」
蹴られたくはない。抱えられつつ廊下に出ると薄暗い通路を副船長さんは足早に歩く。
慣れた様子からして船内を熟知しているんじゃなかろうか。
「副船長、お早うございます。」
「お早うレイナー、相変わらず早いわねぇ。」
「それ程でも。」
微妙な謙遜だ。モノクルをかけた温厚そうな人は、副船長さんの腕の中にいるあたしを見下ろす。
ニコリと微笑まれた。
「妹君もお早うございます。」
「おはようございます。」
「おやおや、姉妹揃って礼儀正しいんですね。」
「そうよ、本当可愛いわよねぇ。病み付きになっちゃうわ。」
モノクルの人は変わらぬ笑顔で「気持ちは察しますが程々に。」と返す。
何が程々なのかは突っ込まないでおこう。
食堂に着いて室内を見回してみたけど真白はいなかった。
それに船長の姿もない。
「船長…さんは、何時も起きるの遅いんですか。」
食堂には既にかなり人がおり、それなりに賑わっている。
昨日と同じテーブルに副船長さんがあたしを抱えたまま座ると、モノクルの人が調理場らしき方へ向かった。
「そうでも無いけど。今居ないならヴェルノも真白ちゃんも、きっと今日は昼過ぎくらいに起きて来るわねぇ。」
何故か苦笑と共に返された言葉に首を傾げてしまう。
よく分からないが言い方が少し遠回しで何かを濁された。
聞き返す前にモノクルの人が両手に料理が乗ったプレートを持って戻って来る。
副船長さんは片方を受け取り、膝に乗せたあたしの前に幾つか皿を置く。
パン、スープ、野菜と肉の炒めたもの。それから水の入ったカップ。
「あの、あたしが膝にいると邪魔じゃないですか?降ろした方が良いんじゃ…、」
「降りたら届かないんじゃない?」
「………。」
「ほら、食べましょう?」
差し出されたスプーンを拒否することは出来なかった。
渋々あたしがそれを握ると、副船長さんはパンを千切ってスープへ入れる。
モノクルの人もそうしているので、パンはそうやって食べるらしい。
千切る感じも固そうだし、逆にスープに浸けずに食べるのは大変そうだ。
スープに浸って柔らかくなったパンをスプーンで掬い上げて食べてみる。
思った通り少しパサついたパンは温かいスープで食べやすくふやけていた。
一口食べたら急に胃がペッタリとへこんだ感覚がした。あたし、お腹減ってたんだ。
自覚してしまうと更に空腹感が強まって、副船長さんの膝の上にいることなんか気にならなくなる。
パンを食べて、肉と野菜を炒めたものも食べる。ちょっと肉が塩っぱいのは、料理に使ってるそれが日持ちしやすい塩漬けの干し肉なんだと気付く。
シンプルな味付けだが文句なく美味しい。
全部平らげハッと我に返った時には、副船長さんもモノクルの人もあたしを見ていた。
何時から見られてたのか分からないくらい食べることに夢中になっていた。
「ヴェルノの脅しで塞ぎ込んでたらどうしようかと思ったけど、それだけ食べられるなら大丈夫そうねぇ。」
「そんなに落ち込んでいるように見えました?」
「全然。でも海賊船に乗るなら、それくらいタフじゃないとやっていけないわ。」
先に食べ終わったあたしは空いている椅子へ降ろしてもらい、副船長さんは食事を再開する。
モノクルの人は食べ終えても席を立たずにいた。
視線を感じて顔を向けると微笑を浮かべて食べ物の好き嫌いや船酔いしやすいかなど、取り留めもない質問を投げかけられる。
副船長さんが朝食を終えるまで、それは続いた。