番外:大切なもの
(Side:Another)
あたしには、年の近い姉がいた。
すごくのんびりしていて、ちょっと変な敬語で喋って、目を離すとすぐに怪我をしたりどこかに行ったりしてしまう、だけどあたしが知る中では一番女の子らしい女の子。
それがあたしが殺してしまった姉。名前は真白。
多分それに合わせてあたしの名前はお父さんとお母さんがつけたんだと思う。
くだらないことで怒って、大怪我を負わせてしまった大切な家族。
意識が戻らなくて、医者の言葉じゃ二度と目を覚まさないかもしれないって言われたのに、最後の最後で目を覚ましてくれた。
あたしが悪かったのに逆に謝ってくる優しい姉だった。
その姉がいなくなってもう三年になる。
あたしは高校に入学したけれど、あの頃大好きだった陸上も水泳も今はやっていない。
真白がいなくなったあの日にあたしはあたしの好きだったものを全部捨てた。
だって、真白ももう好きなことが出来なくなった。それなのにあたしが平然と今まで通りに生きてて良いはずがなかった。
お父さんとお母さんはあたしのせいじゃないって言っていた。
だけどあたしは姉の死を割り切ることなんて出来なかった。
妹みたいな、姉みたいな、目を離せない真白のことが誰よりも大好きだったから。
「…似合わない、か。」
首から提げたチェーンの先にはあたしには可愛過ぎる花のブローチがかかっている。
そんなに大きくはないけれど、服の中に隠せないくらいの大きさのそれは三年前、姉にあげた物だった。
一生懸命選んであげた二つのブローチの内の一つ。そして姉を殺してしまう原因にもなったブローチ。
捨てられないのは、それがどんな物であれ姉の形見になってしまったからだ。
あげたもう一つのブローチは姉を火葬する時に一緒に棺の中へ入れたので、今はもうどこにもない。お店の人の手作りだから世界に二つとない物だったのに。
確かにあたしには似合わないかもしれないけれど、だからって捨てろなんてありえない。
ついさっきフった元彼のことを思い出したらイライラしてきてしまう。
その苛立ちのまま大通りに出た途端にドン!と体が突き飛ばされて地面に転がり、一体何だと思う間もなくあたしは気を失った。
* * * * *
次に目を覚ますと目の前には鉄格子があった。
起き上がって周りを見ると、よく分からないがかなり狭い檻みたいな物に入っていることに気が付く。
…って、檻?!なんで?!
思わず目の前の鉄格子を掴んだらもっと驚く事実が視界に映り込んで来た。
「何でぬいぐるみっ?!!」
あたしの女の子にしたらちょっと大きい手が、何故かヌイグルミの手になっていた。
綺麗な真っ白でもふもふしてそうな。肌触りの良さそうな腕である。
叩くと痛みの代わりに何かが触っているという感覚だけが伝わってきて、その腕があたしのものだと理解するしかなかった。
鉄格子の向こうには更に信じ難い光景が広がっている。
ヨーロッパみたいに同じような造りの家々が並んでいて、石畳の通りを人が歩いていた。服装はまるで何百年も前のよう。ドレスを着た人もいる。訳がわかんない!泣きたくなって俯くとポタリと檻の床に雫が落ちた。
ヌイグルミなのに泣けるんだ、なんて自嘲が漏れる。
こんな訳が分からない状態なのに頭の片隅では‘これは罰なんじゃないの?’と思うあたしがいる。
姉を殺したあたしに与えられた罰なんだ、きっと。そう思えば納得出来た。
あたしは罪深い。檻の中がお似合いなんだ。
のろのろと顔を上げて外の景色をぼんやり眺めていた。
もしかしたら何時間もそうしていたのかもしれない。歩く人々の中に一瞬、懐かしい姿が見えた気がして声が漏れる。
「……お姉ちゃん…?」
嘘だ。姉は…真白は三年も前に死んだはずだ。
それなのに通りを歩くその人は真白によく似ていた。
いや似てるなんてもんじゃない。むしろあれは姉にしか見えなかった。
「っ、真白!!」
あたしが呼ぶとその人は立ち止まって、首を傾げると左右をキョロキョロと見渡す。
その子供っぽい仕草は見覚えがあり過ぎて泣きたくなる。
「真白ぉおぉっ!!!」
喉が潰れてもいいから全力で名前を呼ぶと今度こそ、その人は振り返った。
顔も体も最期の時よりふっくらと健康的な肉付きがあって、でも相変らず見た目は全然年に相応しくない、子供みたいな姿。
人混みに紛れてしまいそうなのに視線が逸らせない。
あたしをしっかり見つめてパタパタと軽い足音で駆け寄って来る。
偽物でもいい。もう一度、その顔を見たかった。
檻の間から差し込まれた手は色白で細く、優しく頭を撫でられた。
「もしかして、あなたは真雪(まゆき)ちゃんなのですか…?」
そっと戸惑いがちにかけられた言葉にあたしは頷く。
表現出来ない感情が溢れてきてしまって、返事が出来ない。
目の前にいるのは本物の真白だ。あたしの姉だ。
色白の手にしがみ付いて泣いてしまった。
今はこの喜びだけに浸っていたい。
もし神様というものがいるというのなら信じるよ。二度と叶わないと思ってた願いを、こうして叶えてくれたんだから。