絨毯のお陰で足音が消える廊下をヴェルノさんの後ろをついて行きます。
王城の中にもやはり警備の方が見回りをしていらっしゃるそうなので、その方々と鉢合わせになってしまわぬよう曲がり角などでは絶対に一度立ち止まるのです。
そうしてヴェルノさんが周囲の音に耳を傾けて警備の方がいないか確認して先へ進むといったことを何度か繰り返していました。
街の中を抜けるよりもゆっくりとした歩調で私の足に合わせてくださり息切れることもありません。
壁に背をつけて曲がり角の先の様子をそっと覗き見るヴェルノさん。ちょっとだけ真似をして壁から顔を出したら無言で引き寄せられて頭を軽く叩かれてしまいました。
顔を上げれば黄金色の瞳が呆れた色で見下ろしてくるのです。遊んでごめんなさいなのです。
ヴェルノさんは石の床を歩いても足音がほとんど立ちません。けれど私は歩くとカツコツと音がしてしまうので常に絨毯の上を歩くよう心がけております。
それなりに歩いた頃、不意にヴェルノさんは立ち止まると長い廊下のずっと先を目を細めて睨み付けるように見つめました。
どうしたのか問う前に廊下の先にチラチラと柔らかな明かりが揺れているではありませんか!
すぐにヴェルノさんに手を引かれて別の廊下に隠れます。暫し様子を窺ってみても警備の方は動く気配がないのです。
このままでは先に進めません。迂回するのか、それとも――…
「おい、ちょっと耳貸せ。」
指でチョイチョイと私を呼ぶヴェルノさんの顔にニヒルな笑みが浮かんでいます。
これは絶対何か企んでいるのですね。ちょっとだけワクワクした気持ちを抑えつつ顔を寄せました。
「うぅ…ひっく、」
薄暗い廊下にすすり泣く声が悲しげに響きます。
勿論、声の発信元は私なのですが。
ヴェルノさんにとても良い笑顔で「泣いてみろ。」と言われ、潜入中だというのに何度もキスされた挙げ句にマントを引っぺがされたのです。
それが何とも怪しい手付きだったので羞恥で真っ赤になった私を声もなく笑って見ると、廊下へポイと放り出されました。
「ほんの一瞬で良いから気を引け。」
そういうことは最初に言って欲しかったのです。
私は駆け引きというものが得意ではありませんので、とりあえず羞恥のあまり出て来てしまった涙のまま泣いてみることにしました。
すると廊下に良い具合に私の声が小さく反響します。まるで古城に現れる幽霊のような泣き声に聞こえて、私自身の声だと分かっていても体がぶるりと震えてしまうのですよ。
廊下の先にいた警備の方もそう思ったのでしょう。
明かりを揺らしながら段々と私のいる方向へ近付いて来ます。
姿を見られないよう泣きながら別の廊下に体を隠して声だけ気持ち大きめにしてみれば、警備の方の足音が近付いて来るではありませんか。
………一歩、二歩、三歩。恐らくあと数歩で私のいる角に辿り着く、というところで鈍い音がして、続いてドサリと何かが倒れる音がしました。
ちょっとだけ顔を覗かせて見ますとヴェルノさんが振り返ります。
「上出来だ。」
その足元には床に倒れている警備の方が一人。ランプはヴェルノさんの手に握られ、既に明かりは消されておりました。
近付くとランプを渡され、ヴェルノさんは警備の方を引きずると先ほどまで身を隠していた廊下の一番手前の扉を押し開け、そこへ入っていきます。
私も後を追って入り扉をそっと閉めました。使われていない部屋なのか中も真っ暗なのです。
振り返るとヴェルノさんは奥のベッドの足に警備の方を縛り付けようとしていて、目が合うと「手伝え。」と呼ばれます。
渡されたのは長めの布。それを警備の方の口に猿轡(さるぐつわ)みたいに付けろと言われて戸惑ってしまいました。
困った顔をする私に気付くとヴェルノさんは一度手を止めると私の頬をグイと袖で拭います。
「真白、お前にはやる事があるんだろ?暫く動けないようにするだけで別に殺す訳じゃねェんだ。」
「……はいです。」
そうですよね、別に殺すのではなく、少しだけ動かないでいてもらうだけですよね。
心の中でごめんなさいと謝りながら警備の方の口に布を噛ませて後ろでしっかり結びます。
ヴェルノさんもシーツでギッチリ固く腕をベッドの足に縛り付けると立ち上がりました。抱き締められて、目元にキスされたのには驚いたのです。
よしよしと普段よりも優しく頭を撫でられ、手を引かれてその部屋を出ると廊下をまた歩いていきます。
褒められたのでしょうか?ヴェルノさんに撫でられた頭に手を伸ばして触ってみれば何だか嬉しい気持ちになって口元がへにゃりと緩んでしまうのです。
上機嫌で歩いていた私は先ほどの行動を思い出してはたと気付きました。
もしかしなくても、私、完全に犯罪の片棒を担ぎましたよね?
チラリと元来た道を振り返りましたが、もう既にやってしまった後なので今更でしょう。ヴェルノさんも上機嫌なご様子なので良しとするのです。
繋いだままの手を握ってみれば返事をするようにヴェルノさんが私よりも大きな手で握り返してくださります。
王城をヴェルノさんと共に警備を掻い潜って進むだなんて、危険と隣り合わせなのに不思議と怖くはありません。
むしろドキドキワクワクしているのですからおかしなものですね。
ニコニコする私を見たヴェルノさんは一度驚いた顔をしましたが、見慣れた悪い笑みで返してくださいました。
昔から御伽噺や童話が大好きでした。小さな頃は王子様に憧れた時期もありました。
でも今はどんな王子様よりも意地悪だけど優しい海賊の方が素敵だなぁなんて思えてしまうくらい、きっと私はヴェルノさんにベタ惚れなのです。
…恥かしいので絶対に言いませんが!
「そろそろ目的地に着くぞ。」
「うぁっ、はいなのですよ…!」
「何やってんだ?」
「なんでもないのですっ」
タイミングよく声をかけられて思わず敬礼してしまった私に、肩を震わせながらヴェルノさんは笑いました。