さて、ヴェルノさんが神様に会える場所へと連れて行ってくださるとおっしゃってから更に三日。
あれから幹部の方々やアイヴィーさんと何度も何かを話し合っているご様子でした。
内容は分かりません。私が部屋に来ると途端に皆さん、ピタリと口を閉ざしてしまうのですよ。
ヴェルノさんだけはその状況を楽しんでいる雰囲気でしたが聞いても答えていただけません。
まぁ航海についてのお話でしたら欠片も役に立たないので私は知る必要もないのかもしれませんが、なんだか仲間外れにされたようで少しだけ悲しいです。
ですので私はもっぱら甲板に置かれている木箱の上に座って海を眺めているだけなのです。
日焼けしないようにとアイヴィーさんからいただいた真っ白なコートのようなものは私の足首近くまであって、頭もすっぽり入るフードがついています。
それを着て、微妙に床に届かない足をブラブラさせて日陰の中で暇潰しに歌を歌ってみたり。けれど私はお世辞にも歌が上手ではないので船員さんが時々変な顔をします。
…やっぱり音が外れていることは分かるのですね。
それでも歌うのを止めようと思わない私も相当海賊という自由奔放さに慣れてしまったのかもしれません。
「るる〜らら〜、愛してーいまーすー、ずっとーあなたをー。優しいあなたー。待たないでー。わたしはもうー平気だからー。るるる〜らら〜♪」
忘れないようにお姉さんの伝言をちょっと付け足して歌にしてみた。
口にすると胸の奥がほんわか温かくて、だけどちょっとだけ悲しくなるのです。
それもやっぱりお姉さんが私であり、私がお姉さんである証拠なのかもしれませんね。
「誰に向けて歌ってんだ。」
聞こえた声に振り返ればヴェルノさんが船内へと繋がる扉を開けたまま私を見ておりました。
とても面白くなさそうな、不機嫌そうな黄金色の瞳に見つめられて笑ってしまいます。
「これは伝言なのです。」
「伝言?…あぁ、この前言ってた‘伝えないといけないこと’か。」
「はいです。」
隣りまで歩いてきて、私が座っている箱にヴェルノさんも一緒に座ります。
日に焼けた大きな手が優しく頭を撫でてくださいました。
ヌイグルミの頃とは違って髪を梳くように撫でて、時々私のちょっとクセのある髪を指先に巻き付けて遊ぶのです。
クセが余計についてしまうので最初は怒っていたのですがヴェルノさんがあんまり楽しそうに私の髪に触れるので最近はもう諦めているのです。
ふんわりと乗せられる手の感触を感じながら目を閉じて歌の続きを歌うことにしました。
「わたしはもう、ここにはいませんー。でもー、あなたを愛してーいまーすー。らららららん、ららら〜♪」
横で思い切りクツクツ笑っていらっしゃるヴェルノさんは無視することにします。
だって、どう考えても私の音痴な歌を笑っているのですよ。
確かに音程も上手に取れない私ですが歌を歌うのは自由だと思うのです。
そのうち笑いを収めたヴェルノさんが私の歌を一緒に歌ってくださいました。それにはビックリして思わず口をぽかんと開けてしまったのです。
確かに同じフレーズしか繰り返しておりませんので覚えようと思えばすぐに覚えられるでしょう。
しかしヴェルノさんの歌声は音痴な私でも分かるくらいしっかり音程が取れているのです。
なんだか悔しくなって歌うのを止めると可笑しくて堪らないと言いたげな表情で抱き締められてしまいました。
素敵で強くて優しくて、でもちょっと意地悪でカッコイイだなんてヴェルノさんはずるいのですね。
額に触れるだけのキスが降って来て恥かしかったのです。
日本人の私はこれを返せるほどレベルが高くありません。
なのでお返しはいつも頬と頬を擦り合わせることにしているのです。これはヌイグルミの頃からしていたので抵抗がないですし。
頬を離すとヴェルノさんが眩しそうに目を細めて言いました。
「ウェルデルシヴァに行く。」
「うぇ、うぇるでるしば…?ですか?」
なんとも舌を噛んでしまいそうな名前の場所に首を傾げてしまいます。どこなのでしょう?
ヴェルノさんはもう一度ゆっくり「ウェルデルシヴァ」と言ってくださいました。
「ウェルデルシヴァ。」
「あぁ、俺の祖国だ。」
なんと、ヴェルノさんの生まれたお国ですか!
懐かしげに「俺も戻るのは久しぶりだがな」とおっしゃった様子は微妙に乗り気ではないようでした。しかしすぐにふっと息を吐いて目を閉じたヴェルノさんが緩く口元に笑みを浮べます。
何かを思い出しているのでしょう。とても興味があります。
ですがヴェルノさんはあまりご自分のことを話されませんし、何となく日本人の空気を読む勘が発揮されてしまって聞くに聞けません。
…そのうちヴェルノさん自身のことをもっと教えていただけたら良いなぁと思うのです。
とりあえず今向かっているというウェルデルシヴァという国について色々お勉強したいのですね。
そう伝えるとヴェルノさんは自分の覚えてる範囲なら教えてやれると海を眺めながら、その国について様々なことをぽつぽつと語ってくださいました。
夏はとても暑く、冬はとても寒い、けれどその国に暮らす人々はそんな厳しい環境の中でも自国を愛している方が多いのだそうです。
冬は雪がすごいので豪雪の時期はあまり家の外で出る人がいないのだとか。
最高三メートル近くまで雪が積もるのだと教えていただいたので、流石に雪合戦をしてみたいとは言えませんでした。残念なのです。
国の中央にある王都には王城があり、そこに王様がいらっしゃいます。
ウェルデルシヴァはかなりの大国ですが他国とは非戦争同盟を結んでいるので、国民や軍人が戦争に狩り出されることはまずないのです。
ただヴェルノさんいわく「戦争はねェが、王城内はそれよりタチが悪ィ」と苦虫を噛み潰したような顔で空を仰ぎ見ておりました。
‘元’とは言えど王子様というのは大変なのですね。御伽噺のようにはいかないものです。
箱の上に置かれていた手に私の手を重ねてよしよしと撫でてみれば黄金色の瞳が蕩けるように私を見つめます。
空と海の青が映った不思議な色合いのその瞳に見惚れてしまったのは内緒なのですよ。