真白がいなくなった翌日にはその居場所が判明していた。
この街でも有数の金持ち貴族の屋敷にいるらしい。
だが船の修理が済んでいない状況では例え取り返したとしても、海軍を呼ばれてしまった場合の逃げ道がない。
今すぐにでも迎えに行きたいのに行く事が出来ない歯痒さは苛立ちとなってヴェルノを蝕んでいた。
だがそれから三日後、つまり真白がいなくなってから四日目に進展があった。
その貴族に仕える使用人を口説き落としていたアイヴィーから真白についての情報が入ったのだ。
「真白ちゃん、どうやら屋敷から逃げちゃったみたいなのよ。」
お嬢様のお気に入りのヌイグルミがなくなったと大騒ぎになったらしい。
ただのヌイグルミであれば誰かが持ち去ったとなるが、真白であれば話は別だ。
アイヴィーの言う通り真白は自ら屋敷を抜け出したのだろう。
けれど、そうだとしたら今どこにいる?
貴族に屋敷からヴェルノ達の船がある造船所まではかなりの距離があった。
その距離を小さなヌイグルミの体で戻って来ることは不可能に近い。それに恐らく真白は屋敷から造船所までの道のりを知らないはずだ。
島に上陸してからロクに街の中を歩かなかったのだから道など分かる訳もない。
普段からのんびりとしているものの真白は馬鹿ではないことをヴェルノもアイヴィーも理解している。それと同じくらい真白が無鉄砲なのも知っているため、一人でこの広い街中をうろついていると考えただけで頭が痛くなった。
「街中捜し尽くせ。見つけ出した奴には金貨二十枚出す。」
「…金貨二十枚で真白ちゃんが見つかるなら安いものよね。」
そう言ったヴェルノとアイヴィーに幹部達は驚いた。
真白を買った時も相当な額ではあったが、金貨二十枚もヌイグルミ一匹にかける額ではない。
そこまであのヌイグルミ少女を気に入っているのだと改めて幹部達は思い知らされた気分だった。
が、ウルフ一家総出で捜索したにも関わらず、それから更に一週間経っても真白は見つからなかった。
灰色の空からポツポツと降り出した雨を見ながら、私は膝を抱えていました。
大きなお屋敷から抜け出して一週間。
最初はあった空腹感も、今では感じないのです。
それでもヌイグルミの体は相変らず問題なく動くし、疲れも堪らないので何とかなっています。
…………とっても、寂しいです………。
枯れかけた小さな川にかかる橋の下で夜になるのを待ちつつ膝に顔を埋めます。
白かった体は一週間も外を動き回ったせいで薄汚れてしまい、赤い目だけが妙に目立ってしまっていて、今の私の姿は可愛くありません。
昼間は人目につくため陽が落ちた夜にだけ動き回ってるのです。
時折人々の話し声に耳を傾けてもみましたが、ヴェルノさん達の船が置かれている造船所の場所は分からず仕舞いだったのです。
船が直るまで一ヵ月半と聞いてから既に二週間と四日が経ってしまいました。
もう後一ヶ月あるかないかなのです。
もしヴェルノさんのところへ帰れなかったらどうしましょう…?
ヴェルノさんは私に良くしてくださいますが、私はペットなのです。
船が直った時に私がいなかったらどうされるのでしょうか。
探してくれるのか、それとも置いていかれるのか―――…
「置いていかれるなんて、イヤです…。」
ペットでも抱き枕でもクッションでも良いから、皆さんと一緒にまた船で海を越えたいのですよ。
ヴェルノさんとまだまだ一緒にいたいのです。
小雨だった雨粒は何時の間にか大粒の雨になっていました。
細く流れる川をぼんやりと眺めているうちに不意に海が見たくなったのです。
あのヴェルノさんの髪のように真っ青で綺麗な海。ヴェルノさん達と過ごした海が恋しいのです。
そこまで考えてハッとしました。
どうして気付かなかったのでしょう!
造船所は船を出し入れしやすいように海のすぐ傍にありました。
なら、海岸まで行けば街中を動き回るよりも造船所を見つける可能性は高いはずなのです!
私はパッと立ち上がって濡れるのも構わずに橋の下から飛び出し、流れる川に沿って走り出しました。
一分でも一秒でも早くヴェルノさん達のところへ帰りたいのです。
だって今の私の帰る場所はあそこしかないのですから。
途中で転んだり、水溜りを蹴ったりして泥だらけになってしまいましたが、そんなことはもうどうでも良いのです。
少しでも可能性があるならそれに縋るしかないのですよ。
小さな川は大きな川に合流し、今度は大きな川に沿って走ります。
疲れないヌイグルミの体で本当に良かったのです。
走って、走って、走り続けて、それこそ空が白むまで私は走り続けました。
立ち止まってしまったら二度とヴェルノさんに会えないような気がしたのです。