翌日、私はヴェルノさんと一緒に朝から街の露店を冷やかしながらウロウロとしておりました。
船の点検と修理をお願いした造船所に行くとのことでしたが、その前に情報収集をするのだそうです。なんだかスパイ映画みたいでドキドキするのですよ。
ただし私はヴェルノさんが持つバッグみたいなものの中にいるので何もできません。
動いて喋れるヌイグルミなんて世界中探しても私ぐらいのものなので、私がいては悪目立ちしてしまうし、海軍に目を付けられてしまうのでバッグの中で造船所まで隠れていなければならないのです。
「そういや、最近やけに海軍を見かけるんだが何かあったのか?」
甘い匂いのするお菓子屋さんを覗きながらヴェルノさんがお店の人に問い掛けます。
ヴェルノさんは昨日同様に街の人と同じような格好をしているので、どこからどう見てもちょっと悪い感じのカッコイイお兄さんなのです。
「あぁ、何でもこの間、西の海軍本部が海賊達に襲撃されたらしいんだよ。海軍にとっちゃあ面子丸潰れだからねぇ、ピリピリしてるんじゃあないかい?」
「へぇ…そりゃ大変なこった。」
お話に集中しなければならないのですが、甘い匂いに釣られてしまいそうなのです。
ほんの少しだけ手を動かしてヴェルノさんを突いてみれば一瞬チラリと黄金色の瞳が私を見ました。
それから露店の中を適当に見回した後に何かを指差しました。
「それ包んでくれ。」
「毎度、誰かにお土産かい?」
「あぁ、色気より食い気の困った仔兎が一匹いるんでな。」
「おうおう、羨ましいねぇ。それじゃあちょっとオマケしておくよ。」
ガサガサと紙袋の音がして、チャリンと硬貨のぶつかる音、それからヴェルノさんとお店の人が別れの挨拶をしてようやくバッグの中に小さめの紙袋が落ちてきました。
見上げればヴェルノさんがちょっと呆れを含んだ笑みを浮かべて「大人しく食ってろ。」と言います。
返事をして紙袋を開けると木の棒が二本、小瓶が一つ、それから飴玉が三つ入っていたのです。とりあえずよく分からない木の棒と小瓶は避けて飴玉を一つ食べてみました。
かなり大きい飴玉で、口に入れている状態では喋れそうにありません。
でも甘くてほのかにミントとイチゴの香りがする美味しい飴なのです。
わたしが飴を食べている間にもヴェルノさんは露店を回って様々なことを聞いていました。この島に一番最近海軍が来たのはいつか、海賊はいるか、この島の気候変動はどのくらいの周期なのか。島の見所や有名なものなど他愛もないことと一緒に聞いているからかお店の人はほとんど話してくれる。
必ず一つか二つお店の物も買うのでバッグの中身はすぐにいっぱいになってしまいました。
飴を一つ食べた後はヴェルノさんが食べても良いとおっしゃってくれたので、フランクフルトみたいなものやクッキーなどを食べていました。
やっと造船所に着く頃には私は食べ物の山に埋もれかけていてバッグを開けたヴェルノさんが笑ったのは言わずもがなのことなのです。動けなかったのでヴェルノさんに引っ張り出してもらいました。
「もう隠れていなくても良いのですか?」
「造船所内はな。帰りはまた中で大人しくしてろよ。」
「はいなのです。」
大きな大きな倉庫のような造船所に入ると、すぐに見慣れた人が立っておりました。ユージンさんなのです。
すぐに近付いてきてヴェルノさんに目礼をしてから造船所の奥へ歩き出しました。
ヴェルノさんはその後を追うようにのんびり歩き出します。
「船は奥にあるのですか?」
「あぁ。帆をたたんでても、一度会った海軍の奴らなら俺の船かどうかぐらいすぐに分かる。出来る限り目立たないようにさせてんだ。」
海賊というのは大変なのですね。
いくつも大きな扉を抜けて到着した場所は確かに入り口から一番遠いのだと思います。中を歩くだけに絶対十分以上かかっておりました。
普段乗っている船が陸地にあるというのは何とも不思議な光景なのです。
ユージンさんにバッグごと私を手渡すとヴェルノさんは船を修理している船大工さん達の方へ行ってしまいます。
ウロウロしていても邪魔になってしまいそうなので端っこの方でユージンさんと二人で座って待つことにしました。ユージンさんはバッグから適当に食べ物を取り出して食べ始めます。
私も先程買ってもらった紙袋から木の棒と小瓶を出しました。
木の棒はちょっとだけ甘い香りがします。瓶は透明な何かが入っています。
私が聞く前にユージンさんは小瓶と棒を持って、まずは小瓶の蓋を開けました。小さな瓶の中身を棒に出すと、それは蜂蜜みたいにベッタリと棒にくっつきます。そうしてそれを二本の棒でグルグルと練り合わせ始めました。
もしかしてこれは水あめなのでしょうか?
少しだけやって見せてくれたユージンさんが木の棒を私に返してくれます。
とりあえず練ってから食べるのですね。遠くで何やら船大工さんとお話をしているヴェルノさんを見ながら手を動かしていきます。こういった単純作業は結構大好きなのですよ。
たまに棒同士を離して水あめを伸ばしてみたりしていたらユージンさんにちょっとだけ驚かれてしまいました。
ねりねりねりねりねりねりねり――……
「真白ちゃん、何時までそれ練るつもりなの?」
「…?」
声をかけられて顔を動かすと何時の間にかアイヴィーさんが苦笑しながら立っていました。
何故か隣りに座っていたユージンさんは困り顔で私を見ています。
それ、と言われた水あめに視線を落としてみましたら不思議なことに透明だったものが、海もビックリなくらい真っ青になっているのです。…あれ?
思わず目線の高さに上げてマジマジと見てしまいました。