このドネルケバブによく似たものは食べにくくて先の生地にかじり付いてみましたが、少し生地が硬くて噛み切るのに苦労するのです。
手を添えて必死に食べる私を他所にヴェルノさんはあっという間に二つも食べ切ってしまいました。
…まだ私は半分も食べ終えていないのですよ。
外はパリッと、中はもちっとした生地と具を頬張る私にアイヴィーさんは可愛い可愛いと言ってくださいましたが、こんなにほっぺたを膨らませていては可愛くないと思うのです。
口の中のものを飲み込んで、また食べようとしましたがヴェルノさんが何故か食事を私から遠ざけてしまいます。
顔を上げれば「遅ェ」と言われ、目の前でヴェルノさんの手がドネルケバブによく似たそれを千切りました。上手に具が生地に包まれています。
そのまま手が私の前へ出されました。
これは食べろということでしょうか?
パクリと差し出されたそれを食べてみます。一口にしては少し大きいですが先程に比べて断然食べやすいのですよ。
私が飲み込むのを確認してヴェルノさんは同じ様にまた千切って目の前に持ってきてくださいます。
「指まで食うんじゃねェぞ。」
そこまで食い意地は悪くないのですよー。
ジトっと見上げてみてもヴェルノさんは気にせず私に次の分を差し出してきました。
そんな風に私が食べ切ると指に付いた汚れをヴェルノさんがぺろりと舐め、隣りにいたアイヴィーさんから渡されたお手拭きで拭いていました。
「んもう、ヴェルノったら真白ちゃんに甘いんだからぁ。」
「放っといたら夜が明けるだろ。」
それは確実に私が食べるの遅いということですよね。
グリグリと頭を撫でられながらも不貞腐れてしまいます。
仕方がないではありませんか。大きいし、食べに難かったのですから。
上着に顔を突っ込んでみたのですがヴェルノさんは私が眠たがっていると勘違いしたのか、背中を優しく撫でてくださいます。
…嬉しいのに嬉しくないのです。
そのままもぞもぞしている内に上着の裾から顔が出てヴェルノさんの後ろの方にいた船員の方々と目が合ってしまいました。
ヴェルノさんとアイヴィーさんはお話してしまっておりましたし、上着の中へ戻るのも微妙だったので手を振ってみます。すると船員の方々は笑って手を振り返してくださいました。
もう片手も出して、顔の両側を押さえます。そのまま後ろへ引っ張って眉間に力を込めて変顔をしてみました。
ブフッ!と噴き出す音と大きな笑い声がしてヴェルノさんが船員の方々の方へ振り返ります。
「何してんだ。」
「船長、そこ、そこ…っ!」
「……?」
そこ、と指差されたのはもちろん私で、脇腹辺りにくっついていた私をヴェルノさんが持ち上げました。
変顔をしたままの私とヴェルノさんが向かい会います。横にいたアイヴィーさんと私の顔を見た他の方々も噴き出します。
ただ目の前にいるヴェルノさんだけは噴き出す訳でもなく、珍しくキョトンとした様子で私を見つめてきます。…なんだかヴェルノさんが可愛く見えてしまいました。
「何やってんだ?」
「変顔なのです!私は食い意地なんて張ってないのですよ!」
「真白ちゃん、果物あるけど食べるかしら?」
「食べます!!」
「十分食い意地張ってんじゃねェか。」
アイヴィーさんに声をかけられて顔から手を離した私にヴェルノさんが呆れ半分で言います。
食い意地ではなく、食べ物の誘惑に勝てないだけなのです。
私の言葉に「同じモンだろうが。」と苦笑して頬を左右に引っ張られてしまいました。
それにまた周りにいた方々が笑っていたのですがヴェルノさんはお構いなしに私の頬を引っ張ったり戻したりします。顔が伸びてしまうのですよ。
掴む手を叩けば漸く離してくださいましたが、もう悪戯が出来ないようにがっちり抱えられてしまいました。
どうやら変顔はあまりお気に召さなかったようなのです。
「そういえばウェルダンを通してジークから連絡があったわ。どうやら海軍も‘あの島’を目指してるらしいわよ?」
「だろうな。日誌が無いことに気付いた時点で、アイツなら俺の行き先も検討が付くだろ。」
「何せそのお陰で探す手間が省けたものねぇ。」
よく分からない会話を聞きながら私は静かにヴェルノさんの膝の上にいました。
両手でカップを抱えて少しずつジュースを飲んでみたり、カップの縁を噛んでみたり。そしたら歯とカップの当たる音に気付いたヴェルノさんにカップを取り上げられてしまったのです。
代わりによく分からない何かを干したものを渡されて、口にしてみたらドライフルーツだったのでそれをずっと噛むことにしました。
「鉢合わせになったらどうするの?」
「戦うしかねェだろ。アイツが俺達を見逃すはずもねェし…いい加減決着を付ける頃だ。」
「…アンタ達って昔っから変な所で律儀よねぇ。」
「放っとけ。」
私にとって全く分からないことを話しているヴェルノさんが、どこか遠くに思えて上着の裾を掴んでしまいました。
綺麗な金色の瞳が私を見て、一瞬だけ…ほんの一瞬だけ淋しげに細められた気がしました。しかしすぐにヴェルノさんは私の頭を撫でるとまたアイヴィーさんと話し始めてしまいます。
その一連の出来事がやけに腹立たしいような、寂しいような気持ちになってしまってヴェルノさんの服に顔を埋めてみるのです。
撫でて欲しいと思うのに、頭にも背中にも触れてこないヴェルノさんの手の代わりにギュウギュウと服にしがみ付いたまま私は目を閉じました。
…きっと目が覚めた時には嫌な時間も終わっているのですよ。