「その男神の妻が眠る城は今でも時を留めているってな。」
「つまり、そこに描かれている絵がそのお城なのですね?」
「あぁ、そういう事だ。」
お城のことはとてもよく分かりましたが、何故そのようなお城に向かうのでしょうか。
神様の大切な方が眠る場所を荒らして天罰が下ったりするのでは?
そう伝えてみますとヴェルノさんは目を細めて低く笑うと頷きました。
普通の人が入る事はまず不可能なのだそうです。どれほど入り口を潜り抜けても、入った所に出されてしまう。つまり空間が歪んでいるらしいのです。
それはまさしくファンタジーなのですよ。神様の力とは凄いのです。
「けれどそれを考えますとヴェルノさんも入れないのでは…?」
「さぁな。とりあえず城の中にはそれなりに金目の物はあるはずだ。誰も入った事のねェ場所ってのが面白いと思わねェか?」
「それはそうなのですが…。」
私の疑問に、しかしヴェルノさんは意地の悪い笑みを浮べるだけで結局答えを教えてはくださいません。
きっと何か考えがあるのでしょう。
その時になるまでのお楽しみとして取って置くことにするのです。
そうして本を閉じたヴェルノさんが私を抱えたまま立ち上がり、部屋を出ました。
廊下に出ると良い香りが鼻先を掠ります。どうやらもう夕食の時間だったようで何人かの船員の方々と擦れ違いました。
「そういえば、いくつか街に寄るとおっしゃっていましたね?」
ふと思い出した言葉の意味を聞きますと、少し驚いた顔をしてからヴェルノさんは答えてくださいました。
「真っ直ぐ向かえねェんだ。遠回りだが、それが最も最短な道のりだからな。」
「まさに急がば回れ、ですね。でもどうして真っ直ぐは無理なのでしょうか?」
「海流の乱れた海域に大渦(おおうず)が常に幾つもある海に突っ込む馬鹿はいねェだろ。」
「なるほど、それはとても危険なのですね。」
目的地に着くまでの道のりが長いのは、どんな冒険にもつきものです。
ですが神様が創ったお城とは一体どんな風貌なのでしょう。
描かれていたのはお城のごく一部のようでしたし、全体はきっともっと大きいのだと思いますが。
早く見てみたいものです。
食堂に着くと既に何人かの人々は食事を始めておりました。
そこには幹部の方々やアイヴィーさんもいらっしゃって、ヴェルノさんと私を見ると手を振ってくださいました。
もう用意されておりました食事をのんびりと食べつつ頭上で先ほどの続きらしい会話を続ける皆さんのお話を聞きます。
どうやら皆さんが興味あるのは神様が愛した人のために残した数多くの財宝らしいのです。
私としましてはその御伽噺が真実なのか、神様は本当にいるのかの方が気になります。
…私は一体いつになったら元の世界に戻れるのでしょう。
あまりに色々な事がありましたが本来私は別の世界の人間なのですから、何時までもいて良い存在ではないのでしょうから。
でもヴェルノさん達と離れてしまうのはとても寂しいのです。
元の世界に戻れるようになった時、私は一体どちらを選ぶのか。今の私には分かりません。
頭を振って暗い考えを振り払っておりましたらヴェルノさんが優しく頭を撫でてくださいます。
……この世界にいる間だけでも傍にいたいと思うのは我が侭なのかもしれません。
心地良い感触を頭の上に感じながら私は残っていた食事をお腹に収めることにするのです。
それから特に困ったこともなく、航海は順調なようなのです。
お日様も暖かなので今日は甲板でお昼寝でもしようかと思うのですよ。
マストの根元に寄りかかってポカポカと日向ぼっこをしておりましたら、気持ち良くて寝てしまいました。
ヌイグルミの体なのでたまにはこうやってお外で天日干しもいいのですね。
気付くと慣れた感触が頭に触れていて、目を開けてみますとやっぱりヴェルノさんが私を覗き込んでいらっしゃいます。
青色の髪が空よりも鮮やかに太陽の光りを反射させて綺麗なのです。
「昼寝か。随分よく寝てたな。」
「温かくて、気持ちいいのですよ。」
「確かに今日は昼寝にはもってこいな天気だが。」
小さく笑って私を抱えると、ヴェルノさんはマストによりかかりました。
どうやらヴェルノさんもお昼寝をするようなのです。
今の私はふわふわもこもこ。オマケに日に当たってとても触り心地が良いと思うのでクッションには最適なのですよ。
上からはお日様の光り、後ろはヴェルノさんの体温で潮風が気にならないくらい温かいのです。
うとうとしている私の背中を撫でてくださる手に眠気が深くなりますが、せっかくの日向ぼっこをもう少しだけ堪能したいのでがんばって起きてるのです。
ヴェルノさんは何も言わずに穏やかな海を眺めていらっしゃいます。
やはりこの船が一番落ち着きますね。遠くから微かに聞こえて来る船員の方々の楽しげな笑い声が青い空に溶けて消えていきます。
「へいわ、ですねー…。」
空の高いところを飛んでいく鳥にふと嵐を教えてくれたカモメさんのことを思い出しました。
今はどこにいるのでしょうか。渡り鳥ですからなかなかお会いする機会もないのかもしれませんね。
返事の代わりにポンポンと軽く頭を撫でられます。
いつもお部屋で本を読んだり何かを書いたりしていらっしゃいますが、たまにはお外でのんびりすることも大切です。
目を閉じて背中越しに伝わるヴェルノさんの体温を感じながら私は目を閉じました。