「あ〜っ、くそ眠ぃ。」
深く腰掛けて眠っていたからか、頻りに首を捻ったり肩を回したりしながら気怠げに呟いた監視役をウェルダンは軽く目を細めて見やった。
薄暗い中に溶け込むような暗い髪色の軍人はほんの少し鋭い八重歯を隠しもせずに大きく欠伸をする。
「申し訳ありません。少々効き過ぎましたか?」
「いやぁ、寝不足気味だったからある意味丁度イイんじゃねぇの?アイツには俺の事、話すなって言われてっしよ。」
「…ご面倒おかけします。」
ウェルダンの言葉に、気にすんなよ、と人懐っこい笑みをニッと浮かべて男がひらひらと手を振った。
男は軍人ではあるもののヴェルノ率いるウルフの一員でもある。
その辺りを説明すると長くなってしまうので端折らせてもらうが、男は軍と海賊の二面の顔を持ち、尚且つ心内は海賊だ。
海軍の皮を被った海賊とでも言えばいいのだろうか。
友人は変わった物が好きだが、彼自身も風変わりだと思う。
オマケにこの男の存在は弟だけでなく、他にも間諜として入っている海賊たちの誰も知らない友人の切り札でもある。
「にしても、薬の扱いに長けてる奴は便利だなぁ。」
監視役を眠らせ、堂々と捕虜である海賊と話が出来るのだから。
監視役を殺す必要もないし、薬は一定時間をすれば効果が切れて対象者は自然と目を覚ます。
食事も全て食べてしまうから証拠も残らない。
そういうやり方もあるのかと感心した様子で呟く男には悪いが、ウェルダンは少しだけ笑ってしまった。
「失礼ながら、貴方に調合云々は似合わないと思いますよ。」
「だろうなぁ。俺ってば適当豪快がモットーだもん。ちまちま薬の調合なんてやってらんねーよ。」
ケラケラと楽しげに笑って、目元を軽く拭いつつ膝に両肘を立てて頬杖をつく。
性格からして細かいことが苦手そうだと感じていたが、本人も自覚があるようで「やっぱやんならド派手にいきたいよなぁ」
などと言っている始末だ。
機嫌の良さそうな猫を彷彿とさせる目がウェルダンに向いた。
「まぁ、それは置いといて真面目な話に戻そうぜ。」
長椅子から立ち上がり、男が格子の前に屈む。
傍からすれば軍人が捕まったウェルダンを嘲笑っているような体制だ。勿論、彼らはそう周囲に見て取られるようワザとしているのだが。
男の手が頑丈な格子を確かめるように撫でていくのを横目に頷く。
「そうですね。ヴェルノは何と言っていましたか?」
「準備が出来次第行くって。あ、でも何か面白い事考えてるみたいだったぜぇ?」
「面白い事、ですか…?」
ウェルノの言う‘面白い事’が一体何であるのか分からないものの、あまり褒められたものではない事だけは何となく理解できる。
目の前の男は知っているのかニヤニヤとした笑みを浮べているが内容を聞く気にはなれなかった。
助けに来てくれるのならば何だって構わない。
「あぁ、それから。」
「?」
「先ほどの話をウェルノにお願いします。」
「旦那のお気に入りの仔兎ちゃんがナイフで刺されたってやつか。本当に大丈夫なのかよ?」
「さぁ?ですが彼女は人形ですから、直せば大丈夫なのではないでしょうか。」
うんうんと男は頷きながら長椅子に戻る。
そうして髪を巻き込みながら思い切りガシガシと頭を掻いた。
報告しなければならない事を頭の内で纏めているらしく、猫のような瞳は鋭い光りを宿して宙を睨み付けている。
ややあってから男はふっと目元を緩めて笑った。
「んじゃ今の所は旦那への報告なんてそんくらいだな。」
「よろしくお願いします。出来る限り彼女の件は柔らかく、控えめに、脚色せず伝えて下さいね。」
「分かってるって。俺だって殴られたくない。」
互いに視線を合わせ、頷きを返すのと同時に遠くから監視役の交代を告げる声が響く。
それに返事を返して立ち上がった男の瞳がウェルダンを見下ろしたが、そこには既に敵意にも似た冷たい光りが宿っていた。
男とは別の軍人が交代で現れて長椅子へ座る。
それへチラリと一瞥をくれたウェルダンもまた同様に無関心の色を瞳に乗せ、壁に寄りかかって瞼を閉じた。
監視の視線を感じながらも頭の中で先ほどの男の言葉を思い出し、考える。
ヴェルノのことだから、きっと大事になるに違いない。
しかしながらこの海軍基地に乗り込むならばかなりの数がいる。
他の海賊を召集するのだろうか?それでも心配ではある。
どれほど強くとも、有名であろうともヴェルノだって一人の人間なのだ。
どのような手を打って出るのか…。
友人のお気に入りであるヌイグルミも気になってしまい、ウェルダンは小さく溜め息を零した。
…お願いですから軍師にだけはバレないで下さいね。
そんな祈りにも似た事を思いつつ、くすんだ木製の簡易なベッドへ寄り掛かりながらウェルダンは目を閉じた。