アイヴィーさんが多くの人を押し退けて船着場へ着きますと、予想通りいくつもありました船が焦げたり、燃えていたりと悲惨な状態になっているのです。
幸い私たちの船は無事でしたが、周囲の波間に落ちてくる黒い砲弾によって不安定に揺れていました。
「おい、さっさと乗れ!!」
既に乗り込んでいたらしいヴェルノさんがアイヴィーさんと私を見て怒鳴ります。
焦っているのでしょうか。大声を出している姿を見たのは初めてなのです。
素早い動作でアイヴィーさんが船へ上がると縄梯子がすぐに回収されました。
どうやら私たちで最後だったようで、ヴェルノさんは忙しそうに動き回る船員の方々へ出航の指示を出します。
私は船の隅っこで邪魔にならないように身を小さくしていることしか出来ません。
「船長、砲弾が来ます!」
「! 全員船体にしがみ付け!!」
ヴェルノさんの声がしたかと思うと、激しい揺れが船を襲いました。
まるで地震のような揺れで船が傾きかけてしまい、私は濡れた床の上を転がってしまいます。
掴むところ、掴むところ!
慌てて探してみましたが私の周りには何もなくて、しかも運の悪いことに転がった私の体は柵の隙間からポーンと船外へ投げ出されてしまいました。
「っ、真白ちゃん!!」
気付いたアイヴィーさんの呼ぶ声がしましたが私は船着場の地面にぼてりと落ちてしまいました。
錨を上げた船はもう離れ始めてしまい、小さな身体の私には飛び移ることも出来ません。
「真白!」
アイヴィーさんの声を聞いたヴェルノさんがすぐに柵から身を乗り出します。
そうして、縁に足をかけてこちらへ飛び移ろうとしました。
そんなことをしてしまえばヴェルノさんも逃げ遅れてしまいますよ。
「行ってくださいです!」
私の言葉にアイヴィーさんとヴェルノさんが驚いた顔をしました。
「このままでは危ないのです!だから、行ってください!」
「何言ってやがる!お前は俺のペットだぞ?!」
「はい!だから待つのです!!必ずお迎えに来てください!!」
船がまた大きくグラリと揺れました。
ヴェルノさんは思い切り眉を顰めたまま、縁から足を離しました。
そうして大声で叫びます。
「出航しろ!」
ヴェルノさんの声を合図に船が離れるスピードを増します。
きっとすぐに見えなくなってしまうのでしょう。
振り返ったヴェルノさんの黄金色の綺麗な瞳と視線が合いました。
今まで見たこともないくらい鋭い顔付きに少々驚きましたが、私は手を振ります。
大丈夫ですよ。私だってヴェルノさんの海賊の一員なのです。
離れて行く船とは別に大きな軍艦が何隻も近付いてきます。
このまま船着場にいては危険なので人波に逆らって海賊達の孤島の中央へ向かうことにしました。
目的地はウェルダンさんのテント。
あそこまで行けば何とかなると思うのです。
こういう時だけはヌイグルミで良かったのです。小さな体は人目に付き難く、綿と布の体は息切れもありません。
…小さすぎて歩幅が足りないのが難点ですが。
全力で走ってみてもなかなか目的地には辿り着けません。
走って、走って、テントに着く頃には中央付近に人気はほとんどありません。
そっとテントの隙間から中に入りますと、ウェルダンさんの声が聞こえてきます。
出航の指示や海軍への攻撃など内容は様々でしたが、それも何時まで持つかは分かりません。
あれ程大きな海軍の船ならば乗っている人の数も多いはずですから。
そう思っていましたらテントの外から大勢の人の足音が聞こえてきました。
遠目に見てもウェルダンさんの顔に緊張の色が映ります。
「動くな!」
勢い良くテントの布を分けて押し入ってきたのは、やはり軍人さんです。
全員同じような服を着て、とても厳しい顔付きをしていらっしゃいます。
ウェルダンさんは抵抗することなく縄で両手を縛られて拘束されてしまいました。
他の方々も捕まり、これでは逃げることも出来ないでしょう。
…どうしましょう…?
考えていましたら私の隠れていたテントの布が思い切り開かれ、体がぽーんと前へ飛び出します。
正確には他の軍人さんに蹴られてしまったのですが。
地面に落ちた私を軍人さんの一人が訝しげに見ます。
ウェルダンさんも驚いた顔で私を見ていましたが、動いてはいけないと思い、ヌイグルミのフリをしてみました。
無造作に首根っこを掴まれて持ち上げられます。
「何だこれは?」
「っ、返しなさい!それは僕の母の形見なんです!」
ナイスです、ウェルダンさん。
軍人さんはウェルダンさんの言葉に笑いました。こんな可愛いヌイグルミが形見なのが可笑しいのかもしれません。
それでもそこは市民の味方の軍だけありまして、何とかウェルダンさんの下へ持って行ってくださいます。
そうしてウェルダンさんの肩の辺りにポイと投げ捨てられてしまいました。
動けずにいると落ちないように肩と頭で挟んでくれます。
「何故貴女がここに?ヴェルノと一緒に逃げたのではなかったんですか?」
小さく囁かれて、私も小声で返します。
「砲弾の衝撃で落ちてしまったのです。」
「…よくヴェルノが残ることを許しましたね。」
「私が行くように言ったのです。迎えが来るまではウェルダンさんと待つつもりなのですよ。」
「なるほど。」
貴女がいるのなら、彼も必ず迎えに来るでしょうね。
と、納得した声音で呟きました。
それまでは私は出来る限りヌイグルミのフリをして過ごすことにしましょう。
近くに来た軍人さんに引っ立てられてウェルダンさんが立ち上がります。
捕まってしまったと言うのに堂々としたウェルダンさんの態度はとてもすごいのです。