海賊達の孤島の中央にありましたのは、エジプトなどのアラビアンな雰囲気漂う大きなテントの建物でした。
サーカスの建物にも似ていますがそれほどは大きくないのです。
けれど風でテントの裾がヒラヒラと揺らいでとても涼しそうなのですね。
ヴェルノさんのターバンと言い海賊の方々の間ではアラビアンが流行っているのでしょうか?
あ、でもターバンを巻いているのはヴェルノさんだけなのです。歩く度に布の片側についた装飾がシャラリと音を立ててお洒落なのですよ。
私も一度で良いのでターバンを巻いてみたいと思います。
テントの前では筋骨隆々な男の人たちがナイフやらを持って物騒なのです。
けれどヴェルノさんの顔を見ましたら不思議なくらいアッサリ道を譲ってくださいました。
さすがなのです。海賊船長というのは凄いことなのですね。
幾重にも垂れていたカーテンのような布を持ち上げてテントの中へ入りますと予想よりも涼しく、快適な温度が保たれているのです。
暑いエジプトなどの地方で使われている理由がよく分かります。
ちなみに幹部の方々はテントの外で待つようで、私とヴェルノさんしか入れませんでした。
中もアラビアンテイストに統一されていまして、壁には不思議な模様のタペストリーが、床にも同じ模様の絨毯が敷かれております。
…とても触り心地が良さそうなのですが残念なことにヴェルノさんは私を下ろしてくださいません。
室内の中央にはテーブルとソファーが置かれていました。
一人掛けのソファーには随分細身の男の人が座っています。
「久しぶりだな、ウェルダン。」
ヴェルノさんが軽く手を振りながら近付きますと、本を読んでいらしたウェルダンさんという方が顔を上げました。
少し病的なくらいに細いその方はダークグレーの髪に群青色の瞳をして、真っ白な肌と白いワイシャツの色はさほど変わりなく見えます。
やや神経質そうな顔には細身の眼鏡がかけられていました。
「…ヴェルノ?久しぶりじゃないか。元気そうで何よりだよ。」
けれど見た目よりも穏やかな声と口調でソファーから立ち上がりました。
ヴェルノさんと握手を交わして、私を見ます。
群青色の瞳があんまりジッと見つめてくるのでとても居心地が悪いのですよ。
「君はこんなものを持ち歩くような趣味だったかな?」
「冗談は止せ。コイツは俺のペットだ。」
「ペット?」
カチャリと眼鏡のフレームを持ち上げてズレを直すウェルダンさん。
ソファーに座ったヴェルノさんは同じく座ったウェルダンさんの目の前のテーブルに私を下ろします。
やっと下りられたのは嬉しいのですがテーブルの上はいただけないのです。
それでもきちんと挨拶をしなければいけないのですね。
「真白といいます。ヴェルノさんに助けていただきました。」
「…これはご丁寧に、僕はウェルディーノ=ダンガルド。ウェルダンで良い。」
「はい、ウェルダンさんですね。」
「にしても驚いた。こんな生き物見たことも聞いたこともない。」
ヒョイと持ち上げられて耳の付け根や顔を凝視されます。
そんなに見つめられてもこのヌイグルミの体に糸や紐などはついていないのですよ。私自身の体なのですから。
心行くまで見た後、そっとテーブルに戻してくださいました。ですが私は絨毯やタペストリーがとても気になるのです。
テーブルから下りようとしましたらヴェルノさんに捕まえられてしまいます。
「おい、どこ行く気だ。」
「絨毯やタペストリーを見たいのですっ。」
「あぁ、それならゆっくり見ると良い。壊さないよう注意してくれるなら、だけれど。」
「気を付けますです!」
もちろん、ヴェルノさんから見える場所にいますよ。
柔らかな絨毯に下ろしてもらい、まずは足元の絨毯を手で軽く撫でてみました。綺麗に掃除がされているらしく毛玉のない滑らかな感触がします。
壁にあるタペストリーなども様々な模様が色鮮やかで素敵なのです。
ヴェルノさんとウェルダンさんがお話をしている間、私はいくつもあるタペストリーと絨毯を見学させていただきました。
とても満足な気持ちでソファーに戻りますと何やらお二人は真剣な顔で何か難しいことを話し合っておりました。
邪魔になってはいけませんのでそっとテーブルに寄ったのですが、すぐに気付いたウェルダンさんが楽しそうな笑い声を上げて私を見ます。
「ふふふっ、そんなに気にせず好きなようにすると良いよ。ヴェルノが連れて来たのなら、君は僕の大切なお客だからね。」
「あんまり甘やかすんじゃねェよ。」
「あぁ、すまない。つい、ね。可愛らしい外見だと、どうしても甘やかしてしまいたくなるじゃないか。」
とりあえずヴェルノさんのお隣に座らせてもらいます。
ウェルダンさんがどうぞとクッキーを勧めてくださいましたので、ヴェルノさんを見上げましたら軽く頭を撫でられました。
どうやら食べてもいいようなのです。シンプルなジンジャークッキーはサクサクと軽い音と、歯ごたえがよく、口の中に広がる生姜の香りはホッとします。
喉が渇いたなと思っていましたらヴェルノさんがグラスをくださいました。
飲んでみたら普通のお水でした。お酒ではなくて良かったのです。
そんな風にクッキーを食べていたときにテントの入り口から誰かが入ってきて、顔を上げたウェルダンさんが手を振ります。
「丁度良いところに戻ってきた。…すまない、ちょっとこっちへ来てくれないか。」
振り返ると初老のおばあさんが真っ黒な布を頭から被って顔を隠していました。
日焼けから肌を守るためか、暑さ対策なのかは分かりませんがミステリアスな雰囲気が漂っています。
おばあさんとは言え真っ直ぐに伸びた背筋が綺麗な方で、傍まで来ると顔の布を少しだけ外してヴェルノさんと私を見ました。
「来ると思っていましたよ。」
「え?」
「人の姿になりたいのでしょう?こんな婆(ばば)だけれど頼ってくれて嬉しいわ。」
物腰穏やかなおばあさんの言葉に思わず、マジマジと見つめ返してしまいました。
「お前は向こうでソイツと話して来い。」
おばあさんに押し付けるように手渡されてしまいます。おばあさんは心得た様子で私をしっかり抱えると、テントの更に奥の小さな部屋へ行きます。
ヴェルノさんと離れて少々不安はありますが、おばあさんは悪い人には見えないし、ヴェルノさんが言うのですからきっと大丈夫なのだと思います。
水晶玉の乗ったテーブルの上に下ろしていただき、おばあさんも前の椅子に腰掛けます。
頭から布を取ったおばあさんは随分若く見えます。淡い紫の髪が緩くウェーブを描いていて人の良さそうな方でした。