海賊達の孤島は想像していたよりも戦場と化しておりました。
普通にお店などがありまして船の上ということを忘れてしまいそうな場所でしたが、そこかしこに強面のいかにもな方々がたむろっていらっしゃいます。
確かにこんな所でヴェルノさんから離れては私は売り飛ばされる運命でしょう。
絶対に離さないよう服をしっかり掴んでヴェルノさんを見上げれば随分悪どい笑みを浮べておりました。
何やら良からぬことを考えているようにしか見えません。
私のことを気遣ってかゆったりとした歩調で歩き出したヴェルノさんに私は少し早足で着いて行きます。
ヴェルノさんの横にアイヴィーさんとルイスさんが、私の後ろには幹部の方々が並びます。
後ろから何となくですが背中に視線が刺さります。でもきっと、もっと奥へ行ってしまえばより視線が多くなることでしょう。
船と船とを繋ぐ大きな道を渡ってお店が佇む場所へ入りましたら一気に人が増えました。
ヴェルノさんはお店を冷やかしながらのんびりしていらっしゃいます。
時折私を抱き上げてお店に並ぶ品を見せてくださいますが、ヴェルノさんは大抵お店の方に私を売ってくれないか、どこで手に入れたのかと質問されては愉しげな笑みを返しておられました。
「あの、どこへ行くのですか?」
お店を見て回るのも楽しいのですが今日の目的が全く分からないのです。
「特にはねェよ。」
「ないのですか?」
「あぁ、たまに顔出さねェと死んだと思われるからな。他の奴らの顔も見ておきてェし。」
なるほど。各々の生存確認も兼ねているのですね。
少々スリルのある島ですが、海賊なのですからいつまでも尻込みしていては舐められてしまいます。
私も毅然とした態度で歩かなければ。…でもやっぱりヴェルノさんのお洋服は掴ませて欲しいのです。
沢山のお店を抜けていけば今度は食事処がズラリと並んでおりました。
色々なところから騒ぎ声が聞こえてきたり、開けっ放しの出入り口から時折コップが飛び出してきます。
その中を何てことない風にゆったり歩くヴェルノさんはカッコイイのです。
さすが船長さん。飛んでくる物もあっさり交わしておられます。
などと見ていましたら突然ヴェルノさんが立ち止まりました。
キョロキョロしていた私はお恥かしいことながら、その足に思い切り突っ込んでしまい、後ろにいた幹部の方々が噴出しています。
アイヴィーさんもクスクス笑い、ヴェルノさんに至っては気を付けろとやや呆れた様子です。
何故立ち止まったのでしょうか?
足の横から前を見ようとした瞬間、ものすごい轟音がして目の前に何かが飛び出していらっしゃいました。
お店の壁だろう木板や木片もご一緒しています。
かなりの勢いで道に飛んできたはずなのにそれは起き上がりました。
「おー、痛ってぇなぁ〜。もちっと優しくしてくれよぉ〜。」
しかも盛大に口を開けてがははははっと笑っています。
…体は何ともないのでしょうか?
「よぉ、相変らずじゃねェか。」
ヴェルノさんがそう声をかけましたら、その方が勢い良く振り返ります。
あんまり勢いが良すぎて怖かったのは秘密です。
「おぉ、ヴェルノ!生きてたかぁ!!」
「ハッ、そう死ぬかよ。」
「アンタも元気そうねぇ。この店の壁ぶち破ったのは今日で何回目?」
「んなモン忘れちまったぁ!」
大柄な体格に似合った豪快な方のようです。
ジッと見ていましたらバッチリ視線が合ってしまいました。
慌てて足の後ろに隠れようとしましたが、ヴェルノさんに捕まえられて抱き上げられてしまいます。
これでは逃げることも隠れることもでいません。
「ぉお?!何だコイツぁ!生きてんのか?!」
ズズズズイーっと顔を寄せられて思わずヴェルノさんの服に顔を押し付けて避けてしまいました。
すごく人見知りという訳ではありませんが海賊の方々は何かこう何とも言えないオーラーを持っているので、あまりお近づきになりたくないのです。
もちろんヴェルノさんやアイヴィーさんなど私がお世話になっている船の方々は別ですが。
頬を突付かれていますが顔を上げる勇気が出てきません。
…うぅ、このままスルーしていただけないでしょうか。
そんな私の考えを読んだようにヴェルノさんが苦笑しました。その振動が布越しに伝わってきます。
「あぁ、俺のペットだ。まぁお前は嫌われたみてェだがな。」
「ありゃ、そうか、そりゃ残念だ。でも良いなぁ、こんな変わったモン聞いた事もない。」
「悪ぃがコイツはやれねェ。」
「がはははっ、だと思った!」
ポンポンと頭を撫でられる感覚がしてから、手が離れていく気配がした。
そーっと振り返ると健康そうな褐色の肌の大柄な人とまた目が合ってしまいます。
やっぱりずっと合わせられなくて逸らしてしまいました。
残念がってくださってはいましたが、今の私にはあなたのような方々は大き過ぎて少々怖いのです。
それから一言二言話してヴェルノさんはその方と分かれてしまいました。
下ろされてしまうのではと思いましたが、背中をゆっくり撫でてくださる手からして私は下ろされなくて済みそうなのです。
海賊達の孤島はちょっぴり恐ろしい場所なのです。
「…ここは怖い場所なのです。」
「そりゃ海賊だらけだからな。」
「そうではないのです。大きい方々も沢山いらっしゃいますし、もしも逸れて踏み潰されたり蹴り飛ばされたらと思うとドキドキスリル満点で私の心臓は爆発寸前なのですよ。」
「お前そんな事考えてたのか?」
「? 何かおかしいですか?」
でも怖いので抱っこしていてください。
そう甘えてみましたら笑って、手のかかるヤツだと抱え直してくださいました。
ヴェルノさんの船にいる方々はさほど大柄な人もいません。ディヴィさんは少々大柄ですが、大男という程でもありませんし。
そこらじゅうにいる大柄の人に蹴られ、潰されしては綿と布でできたヌイグルミの私なんてあっと言う間にボロボロなのです。
女の子として綺麗にしておきたいのもそうなのですが、何かあってはヴェルノさんにご迷惑もかけてしまいますから。
…今日一日は大人しくしているできなのでしょう。
探検は諦めるしかありませんね。