生まれて初めてアルコールというものを私は口にしました。
でも、ヴェルノさんやアイヴィーさんが飲んでいらっしゃるお酒はどれも苦味が強く、クセもあってあまり好みではありません。
結局度数の低い果実酒をいただいて何とか切り抜けました。
お酒が喉を通るたびにカッと熱くなり、まだ体の内側がほんのり火照っている気がします。
ヌイグルミなので見た目では分からないかもしれませんが。
それこそ飛び上がってしまいそうなくらい強い度数のお酒を皆さんはまるで水のように飲んでいき、大きな樽が次々と空けられていく光景は驚きです。
私は時々お水が欲しいという船員の方々や幹部の方々へカップをお届けしたり、眠ってしまった方々に毛布をかけたりと細々と働かせていただいています。
ルイスさんの煽るような声に振り向きますと、丁度ヴェルノさんが大きなジョッキのお酒を飲み干しているところでした。
…皆さん急性アルコール中毒に気をつけてくださいね。
一度にお酒の多量摂取は危険なのですよ。
歩み寄れば振り返ったヴェルノさんにヒョイと抱え上げられました。
とってもお酒臭いのです。
「お水はいりますか?」
「要らねェ。」
「では果物はいかがですか?」
「それもいい。」
はぁ…と首下にかかる吐息がお酒のせいか熱くて、ちょっとだけドキリとしてしまいます。
正面に座っているルイスさんは興味深々で見つめてきますが助けてくださらないのですね。
そんなところまで似ているとは流石兄弟なのです。
何とか腕の中で振り返ってヴェルノさんを見やれば金の瞳が何やら不穏な光を湛えて私を見つめていました。
「何か欲しいものはないのですか?」
目を逸らそうとしましたが片手でしっかり顎を止められてしまい身動きすら取れません。
何とか話題を繋げた私にヴェルノさんはニヤリと笑って言います。
「お前。」
「…ヴェルノさん酔っていらっしゃいますね。もうお部屋で休んだ方がよろしいのですよ。」
「まだ眠くはねェ。」
「それでもお部屋に行きましょう?」
「…分ーったよ。」
何とか立ち上がってくださったことにホッとしつつも下ろしていただけないことにおや?と思います。
私はまだお手伝いをしたいのですが。
しかしヴェルノさんにそのお願いは即座に却下されてしまい、私は船長室に連行されてしまいました。
ルイスさんの楽しげな笑みと振られた手が少しだけ気に入らなかったのは秘密です。
酔っているにも関わらず暗い廊下を迷うことも、ぶつかることもなくスタスタと歩くヴェルノさんは船長室に付くと着替えもせずにベッドへ寝転がってしまいます。
それも私を抱えたままで、です。
ぼふんと一度軽く跳ねましたがベッドは意外にも壊れることなくヴェルノさんの重みを受け止めました。
とっさに閉じてしまいました目を開けると細められた金の瞳と目が合います。
「着替えないといけませんよ。」
「面倒くせェ。」
「せめて巻いてある布だけでも。」
頭に巻かれた布に手を伸ばしてそっと外す私にされるがままの船長さん。
何とか外し終えた布はヴェルノさんの手によってベッドの外へ投げ捨てられてしまいました。
布についた装飾がチャリンと小さく高い音を立てて床にぶつかってしまいます。
壊れないかと心配する私をよそにヴェルノさんはワンピースと合わせで着ていた上着を片手で器用に取ってしまわれました。
ワンピースだけになった私の体にもふっと顔が埋められます。
「寝ますか?」
「いや、まだ寝ねェ。」
アルコールで普段よりも温かいヴェルノさんの体はとってもぬくぬくしていて心地良いのです。
シーツに散らばっている青い髪が邪魔にならないよう、額から避けていましたらお腹の辺りが揺れ出しました。
何が可笑しいのかは分かりませんが笑っているようなのです。
しばらく笑っていたヴェルノさんは私のお腹から顔を上げると、心底愉快そうな表情で私の手を緩く掴み、ぷらぷらと揺らしました。
「…探してみるか?」
唐突な問いに何のことだろうと首を傾げてしまいます。
「お前が人間に戻る方法。」
「…あるのでしょうか?」
「さぁな。だが探さなきゃ見つからねェ。」
でも人間の体に戻ってしまったら私は珍しいものではなくなってしまうのです。
それではこの船のペットとしていられないのではないでしょうか?
ジッと金の瞳を見つめていましたら大きな手が私の頭を撫でていきました。
「人間に戻ってしまえば私は珍しくないのですよ。」
「だろうな。」
「そうなったらお別れなのです。」
「あ?」
思ったままに言った私の言葉に何故かヴェルノさんは面食らった様子で顔を上げて、金の瞳を僅かに見開いて私を見下ろします。
私が動くヌイグルミだから、珍しい買われたのですから、人間に戻ってしまったらもう普通の女の子なのです。
皆さんの優しさも温かさも知ってしまったのに船を降りなければいけなくなったら、私はすごく悲しくて、きっと泣いてしまうでしょう。
それでしたらヌイグルミでいた方がいいのかもしれません。
ヴェルノさんがズイと顔を近づけたかと思えば、睫毛が触れるのではと思うくらい間近に金の瞳がありました。
唇に柔らかいけれど、ほんの少しカサついた感触が押し付けられていま、す…?
驚きのあまり固まっていた私に「…目くらい閉じれねェのか。」と艶のある掠れた声が囁きます。
「…え、え?」
すぐ眼前にありますウェルノさんの顔をマジマジと見ていましたら喉の奥で低く笑われてしまいました。
「お前は俺が買ったんだ、人形じゃなくともペットにゃ変わりねェよ。」
人間の体になったら俺としては願ったりだけどなと怪しい言葉を言い、それからもう一度口元に柔らかい感触が触れ合いました。
それでも茫然としていた私に痺れを切らしたのか大きな手で目元を覆い隠されてしまいます。
しばらく何度か感触が触れたり離れたりした後に漸く手が離れて視界が広がりました。
ペロリと唇を舐めたヴェルノさんは「人形のわりに感触は人間と同じだな。」なんて獰猛な光を湛えた瞳に射竦められて穴があったら入りたい衝動に駆られます。
ですがガッチリホールドされているためそれも叶いません。
何でウェルノさんがこんなことをしたのか分かりませんが、私としては何よりも嬉しい言葉をいただけたことだけは確かなのです。
「…人間に戻っても、捨てないでくださいね。」
私の言葉にヴェルノさんは優しいキスを額に一つ、落としてくれました。