商船という船は本当に商売のための船だったのですね。
いつもより少しだけ豪華な朝食を見ながら感心してしまいました。
さて、今日着ているワンピースは昨日までの物ではありません。
アイヴィーさんお手製の可愛いお洋服なのです。
白を基調としたふんわりフレアスカートのワンピースは、袖と襟、スカートの裾部分が淡い桜色で、小さな同色のお花がワンピース全体に散らばっています。
ウエスト部分の後ろには桜色の大きめなリボンがあって存在感を主張していました。
丸襟なのがとってもキュートですね。
スカートの裾も段々になっていて歩くとふわっと揺れて可愛いのです。
耳には片方だけ白と桜色のストライプ柄のシュシュみたいなものも装着されて、女の子が大好きそうな可愛らしいヌイグルミに仕上がりました。
「いやーん、真白ちゃん可愛過ぎ〜っ!」
服を汚さないよう気を付けてお野菜を食べていますとアイヴィーさんは体をくねらせて悶えます。
可愛くなったのはアイヴィーさんが作ってくださったお洋服のお陰なのですよ。
そう言えばギュギューッと抱きつかれてしまいました。
船員の方々は遠めに私を見ています。でも、その目は穏やかななので怖くはありません。
幹部の皆様も私の姿に頭を撫でながら「似合ってる」と褒めてくださいます。
後は船長であるヴェルノさんだけなのですが生憎彼はまだベッドの中で就寝中なのですね。
早く起きて来ないでしょうか。
口の中でしゃくしゃくと鳴るお野菜の瑞々しさを噛み締めつつ、食堂の入り口ばかり気にしていたせいか食事を終えるとユージンさんが前触れもなくヒョイと私を抱え上げました。
見上げると綺麗な無表情で見下ろされます。
「行ってらっしゃ〜い。」
訳知り顔で手を振るアイヴィーさんに同様に振り返し、ユージンさんが私を抱えて通路を歩きます。
道順からしますと船長室なのです。でも、ヴェルノさんはお休み中なのですよ?
スタスタと足取りも軽やかに船長室に到着したユージンさんはノックを一度して、返事がないのに躊躇いもなく扉を開けてしまいます。
朝私が一緒に寝かせていただいていた時と何ら変わらない様子でヴェルノさんはベッドで眠っていました。
ユージンさんは私をベッドの上にポイと投げ捨てますと口元を微妙に引き上げて意味深な笑みを残して去ってしまいます。
…私にどうしろと言うのでしょうか?
熟睡しているヴェルノさんの横で投げ出された状態のまま悩んでいましたら、金の瞳が薄っすらと開きました。
「あ、おはようございます。」
「…………。」
眠いからか、それとも返事をする気がないのか無言と一緒にジッと見つめる視線まで返されます。
少ししてから何か納得した風に一度目を閉じたヴェルノさんは私を引き寄せます。これはもしかしなくても抱き枕のお仕事再開でしょうか?
せっかく起きて朝食まで頂きましたのに、これで寝てしまっては牛になってしまうのです。
太ったヌイグルミはさすがに嫌なのですが…。
ガッチリ固く抱き締められておりまして逃げる隙間が一部もありません。
数度腕を叩きましたら不機嫌な唸り声と共にうなじ辺りに顔を埋められてしまい、起こすのは断念せざるを得ない状況になりました。
真後ろから聞こえて来る寝息と首筋に当たる息がくすぐったいのですが起きるまできっと離してくださらないのですね。
腕の中で振り返りますと目の前には丁度ヴェルノさんのお顔があります。
そっとその頬に自分の頬を寄せ合わせて、私も眠ることにします。
「―――――…寝るか、普通?」
真白から規則正しい寝息が聞こえて来ると、ヴェルノはパチリと目を覚ました。
ユージンが部屋の前に立った時には既に起きていたのだが、ベッドの上にぽんと飛んで来たものが真白だったためそのまま狸寝入りを決め込んでいたのだ。
見てみればアイヴィーが作っただろう可愛らしい服に身を包んだヌイグルミが投げられた格好のまま、ころんと横になっているではないか。
のほほんと挨拶を交わしてくるヌイグルミは、外見に反して中身は少女だ。
ベッドの上で異性といるというのに相変らず危機感やら羞恥やらを感じていない様子の真白に何とも言えない気持ちになりながら抱き寄せる。
でっかちな頭の後ろに顔を寄せると白くやわらかな体は自分と同じ香りがした。
昨日入浴したからだろうか?
自分と同じ匂いがするだけだが、とても良い。自分のものだとハッキリ分かる。
これからは毎日入浴させようと内心思いながら目を閉じていると、寝てしまったと思ったのか腕の中の真白は振り返り、頬に頬を寄せて寝入ってしまった。
少女のような無垢さと、大人のような聞き分けの良さと、予想のつかない行動をするヌイグルミ。
何もかもが初めてで面白い。
ぐっすり眠りこけている真白の腕や耳をふにふにと弄りながら、何時もより少し早く目覚めてしまったヴェルノは目の前のヌイグルミについてツラツラと思考を巡らせていた。
が、不意に甲板の方が騒がしくなった気がして弄っていた手を止める。
音に集中していれば船長室へ向かってくる足音がした。
おそらくアイヴィーだろう。
ヴェルノがそう検討を付けるのと扉がノックされるのは同時で、入室を促してやれば思ったとおりアイヴィーが入ってくる。
「どうした。」
「ルイスの船が見えたわ。多分会いに来たんだと思うけど。」
「久しぶりだな。」
「そうね…半年ぶりじゃない?」
起き上がったヴェルノは手早く服を着替え、すぅすぅと寝息を漏らす真白を起こさぬよう細心の注意をしながら抱き起こし、片腕に乗せて自身の肩にもたれ掛けさせる。
動かしたせいで少し身じろいだものの丸い手が服を手繰り寄せる姿にフッと笑みを零した。
寝ている真白の前では流石のアイヴィーも騒がなかったがニッコリとした笑いは嬉しそうな、それでいて楽しそうなものである。
船長室から出てきた二人の姿を見て、次に眠っている真白の姿を確認した船員たちは小さな声で挨拶をしていく。
甲板へ出て来たヴェルノに幹部たちも振り返り、その腕の中で気持ち良さそうに寝ているヌイグルミに脱力した様子で互いに顔を見合わせた後に誰からともなく笑い合った。