「そこにあるブレスレット一式をくれ。」
「はいよ、ちょっと待ってくれな。」
かけられていたブレスレットが外され、渡される。
乳白色の小さな丸い石の間に一定感覚で別の丸い石がアクセントとして入っているブレスレットが三つ。
一つ目は乳白色に淡いピンク色の石、二つ目は乳白色に黄緑色の石、三つ目は乳白色に水色の石。
それらを三つ重ねて少女の右手首に付けてやった。
驚く少女を余所に店主は「彼氏さんに買ってもらえるなんて羨ましいねぇ。よく似合ってるよ。」と冷やかすものだから、余計に彼女は慌てて弁明の言葉を口にした。
だが店主は恥ずかしがっていると解釈したらしく朗らかに笑って、何故かもう一式ブレスレットをエリスに手渡す。
「それと揃いだからあげるよ。オマケだ。」
勘違いはあれど、店主なりの気遣いを無下にする事も出来ず受け取った。
視線に促されて左手首にブレスレットを付ける。
少女と同じテイストで作られたブレスレットもやはり三つあった。
一つ目は乳白色に紫、二つ目は乳白色に青、三つ目は乳白色に黒の石がアクセントとなっている。
結局揃いになったブレスレットを付けたまま露店から離れ、ホテルへの道をまた歩き出す。
横にいる少女は先程店主にからかわれたからか、まだ若干顔が赤かった。
「……ブレスレット、ありがとうございました。すごく、嬉しいです。」
不意の言葉に視線を横に向けると少女が此方を見上げて来た。
まだほのかに朱の残る頬を緩ませて笑っている。
女と言うには無垢で、少女と言うにはやけに大人びた笑みは今まで見てきたどの笑顔とも違う。
そしてその笑みに一瞬見とれてしまった。
「…いや、大した事じゃない。」
視線を無理矢理引き剥がしつつ口を開く。
酷く居心地が悪いような、落ち着かない気持ちに少し冷たい物言いをしてしまったが少女は気分を害した様子もなく隣を歩く。
揃いのブレスレットに飾られた左手首が熱いような気がした。勿論それが錯覚なのだと言う事をエリスはよく理解していた。
理解してしまっていたからこそ、己の中に在る感情に少なからず衝撃を受けて動揺してしまう。
――まさか、冗談だろう…?
悟られないよう横目で少女を見下ろした。
ブレスレットと貝殻を嬉しげに眺める姿に鼓動が小さく鳴る。
今まで少女の事は保護し、守るべき市民という対象で見ていたというのに一体何時からそれが変わってしまったのだろうか。
…良い年をして年下の少女に恋愛感情を抱いてしまうとは。
少女と出会ったばかりの頃に部下が‘狼になるな’と言っていた事が頭に浮かび、溜め息が零れそうになった。
先程の露店での反応や、今までの様子を見た限り、少女は恋愛などに疎いだろう。
そういう者が一番手強いのだと誰かが昔言っていたなと、ぼんやり思い出した。
…これは長期戦を覚悟しておくか。
上機嫌に歩く少女にどこか苦いものを感じながら、エリスはすっかり暗くなった空を一人見上げた。
先へ続く道はまだ長い。
ホテルに戻るとお互いに一度自室で休憩する事にした。
十九時になったら少女の部屋へ迎えに行くと伝え、エリスは早々に部屋の鍵を開けて中へ入る。
ウエストポーチを外し、サイドテーブルに放り自身の体をベッドへ投げ出した。
感情というのは厄介だ。
一度意識してしまうとなかなか外す事が出来ない。
元より性的欲求などあまり無いし、過酷な任務で培われた理性のお陰で若者のように馬鹿な真似をすることは無いと思う。
しかし好意を抱く女性と何日も共に過ごすのは、ある意味キツい。
普段と違い肌を出している少女の姿も正直言って目の毒でしかない。フェミリアの場合はそれを狙っているのかもしれないが、エリスとしては所謂‘生殺し’状態に近い。
が、少女の本意で無い事は絶対にしたくはない。
堂々巡りになりそうな思考をそこで切り上げ、そのまま放置する。
「……アマミヤ、ユイ…か。」
ほとんど口にする事のなかった名を声に出してみる。
これからは名前で呼ぼう。
考えてみれば部下達は何かと少女を夕食に誘えだ何だと言っていた。
少女と会ってからフェミリアがそれまでよりも我を通す事が多くなったのも、自分のこの感情に少なからず気付いていたのかもしれない。
協力者がフェミリアや部下というのが少々癪(しゃく)だが、使えるものは使うとしよう。
狩人のような気分になりながらもエリスは考えを固め、納得すると目を閉じる。
少ししてから部屋に規則正しい寝息が静かに溶けていった。Prev Novel top Next