結局、少女は二度ほどおかわりをしただけで、ほとんどが自分と部下の腹の中へ収まってしまった。
いくら小柄とは言えど、その程度の量で足りるのかと疑問を覚えたが、少女は満腹だと言ってそれ以上は食べなかった。
部下達は食べるだけ食べ、飲むだけ飲むと、リビングのソファーやら床やらで寝息を立て始めてしまう始末である。体の丈夫な彼らが風邪を引くなんて事はまず無いのだが、少女は心配してそれぞれに毛布をかけて回っていた。
その間にさっさと片付けを済ませてしまう。
食洗機に皿などを突っ込んでいれば少女が入り口から顔を覗かせる。
「何かお手伝いすることはありませんか?」
「いや、粗方終わっている。」
「そうですか…。」
仕事が無いというのに何故か肩を落とす少女をダイニングへ戻らせ、手を洗ってからエリスもミネラルウォーターを持って後に続く。
飲むかどうか聞いたものの少女は首を振ったのでペットボトルから直に水を飲む。
まだ鍋の香りと熱気の残るダイニングだったが空調をかけたので直ぐにそれらも消えるだろう。
上着を羽織って車のキーを持つ。少女も上着を着て、それほど多くない荷物を持った。
部下達はあの様子では暫く目を覚まさないだろうし少女を送って行くには丁度良い。
部屋を出て地下駐車場まで下りると肌寒い空気が頬を撫でて行く。
少女を乗せて発進し、人気の少ない道路をゆったりと走行する。
「今日はとても楽しかったです。」
不意に隣りから聞こえた言葉にチラリと視線を向ければ、正面を向いたままの少女の横顔があった。
柔らかく微笑んでいるその横顔はどこか大人びて見える。
「それは良かった。すまなかった、かなり煩かっただろう?」
「そうでもないですよ。久しぶりに大勢でご飯を食べたので、ちょっとビックリしたところもありましたけど、本当に楽しかったです。」
一人暮らしで両親とほとんど共に過ごせない少女の境遇を思うと、一瞬言葉に詰まった。少女自身はごく普通の事のように口にしていたが以前の事が記憶から浮上する。
「なら、また来ると良い。」
ほぼ無意識の内にそんな言葉が口から溢れ出ていた。
横から少女の視線を感じつつ、ハンドルを回す。
「………迷惑じゃ、ないですか…?」
少しの間の後に呟きにも似た小さな問いかけがあった。
戸惑いを含み、消え入りそうな声だったが静かな車内に響く。
赤信号で車を停止させ少女へ振り向く。
「迷惑だと思っていたら誘ったりしない。」
少女の黒く大きな瞳が零れ落ちそうなくらい見開かれ、それが潤んで行く。雫となって流れる前に少女は目を閉じた。
信号が青になったので車を発進させる。
少女のアパートの前に車を乗り付け、助手席の扉を開く。薄暗い中で転ばないように手を差し出せばおずおずと小さな手が乗せられる。
降りた少女は俯いていた顔を上げてはにかんだ。
「…ありがとうございます、リーヴィスさん。」
それは先程の話に対してなのか、それとも今の行為に対してなのか。
…恐らく両方なのだろう。
「お休み。」
「はい、おやすみなさい。」
アパートに少女が入るのを見送ってから、エリスは何ともなしに夜空を見上げる。
美しく輝く星を暫し眺め、それから車へ乗り込み、部下が寝ているだろう自宅へ向かう。
車内に残るほのかな甘い香りがエリスにはどこか名残惜しかった。Prev Novel top Next