何故来たのか聞いてみれば、前日少女が頼んでいたバイトの給料を持ってきたらしい。
言われた通りの額を孤児院に寄付したところ、ニュースを見たシスター達がかなり少女を心配していたようで様子を聞かれたとか。
部下が持つ封筒は薄く、エリスから見れば大した額ではないが年頃の女性が使う金額にしては少ないのではと頭の片隅で思う。
「あの子の親ってどんな感じっスかー?」
興味津々の体で問いかけてくる部下の野次馬精神には感心する。
待合室の扉を開けながらも律儀に答えてしまう自分にエリスは内心溜め息を零した。
「よく似てる。」
「マジっスか。見に行っちゃあダメっスよね?」
「当たり前だ。」
ややつまらなさそうに待合室のテーブルへ上半身を投げ出した部下を見つつ、正面に座る。
長く軍人として生きてきたエリスも部下も一般人とはかけ離れた生活をしていた。
だからこそ極普通の人々の生活や雰囲気、そういった事等が気になってしまうのかもしれない。
しかしながらそれらを覗き見たり無用に詮索するのは軍人として如何なものだと思う。
ダラリとやる気なさげにテーブルとくっついている部下から視線を逸らせば青い空が四角い窓に切り取られ、眩しいくらいの光りが降り注いでいた。
…そういえば、昨日、彼女は何を見ていたのだろうか?
ふと思い出した光景に疑問を感じて椅子から立ち上がる。
部下の視線を背に感じつつも窓辺に立ち、そこに広がる景色を瞳に写す。
壁のように道路に面した場所に植えられた木々、整えられた花壇、その向こうには走り過ぎる自動車の数々と、街並みが広がっている。
元々少し高台に建っているせいか街を一望できた。
この景色を見ながら少女は一体どんな事を考えていたのか。どんな気持ちだったのか。
己にはただ街並みが広がっているとしか思えないこの景色も、彼女にとってはどんな風に見えているんだろうかと頭の片隅に疑問が生まれる。
軍人である己と極普通の少女ではきっと感じ方も見え方も違うのだろう。
そう思うと何故だか胸の内が微かに痛んだような気がした。
「隊長ー、何見てんスかぁ?」
「…大した事じゃない。」
「?」
振り返って自販機から缶コーヒーを二本買い、内一つを部下へ投げ渡した。
危うさもなく受け取った部下は小さな音を立ててプルタブを開けて飲み出す。
それを見つつ部下の正面へ戻りエリスも缶に口をつける。
ほのかな苦味のする温かな液体が胃に落ちて痛みを流していくような感覚に陥りながら、ぼんやりと廊下を行く看護士や患者を眺めた。
コーヒーの香りと共に微かに匂う消毒液の臭いは酷く落ち着く。
…消毒液の臭いが落ち着くだなんて可笑しな話だ。
「ヒマっすね。」
「我慢しろ。任務ではもっと待たされる事もあるだろう?」
「それとコレとは別っスよー。」
「…そうか?」
下手すれば数日から数週間も任務先で行動出来ずに待たされる事など、ざらにあるのだから数時間待つくらい容易いものだろう。
そう考えるエリスとは逆に部下はげんなりとした顔をした。
「任務は金になるから何とか我慢しますけど、普段は嫌っス。そもそも静かにしてるのがキツイっす!」
「ならトレーニングルームにでも行ってくれば良いじゃないか。」
「良いんスか!」
「別に私は駄目だなどと一度も言っていない。」
「なら言ってくるっス!!」
嬉しそうに立ち上がった部下は一度、手を見下ろし、あっという顔をした。
それから封筒を寄越し「渡してくださいっス!」と言うとすぐに待合室を出て行ってしまう。
余程静かにしているのが苦痛だったのか。元々動く事が好きそうなので無理もない。
手の内にある封筒に視線を落とした後、エリスはそっとそれを己の懐に仕舞い込んでコーヒーをゆっくりと飲み干した。
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