「隊長が」「笑ってるっス!!」
視線を動かせば、驚愕の表情を浮べた部下達が自身を思い切り指差している。
少女もキョトンとした様子で部下を見遣った。
「何だ、突然。」
「俺ら何年も隊長と一緒に働いてるが、アンタが笑ったのは初めて見たぞ!」
「…そうだったか?」
「そう。」
首を傾げるも長年共に仕事を続けてきた部下がそう言うのだから、そうなのだろう。
特に気にした事がなかっただけに指摘されても分からない。
少女も不思議そうに目を瞬かせて口を開く。
「そうなんですか?リーヴィスさん、たまに笑っていますよ?」
「ぇえ?!ホントっスか?!!」
「はい。」
そうだっただろうか?思い起こしてみても記憶は出て来ない。
一々自身の表情を覚えている必要もないため、エリスは首を傾げる事しか出来ないが部下達のありえないという表情を見る限りは自身が笑う事は珍しいようだ。
そこまで考えて、ふと廊下に佇んで話し込んでしまっている事に気付く。
これでは待合室を出た意味が無い。
軽く溜め息を吐き出してから少女の背を軽く押して促した。
「ともかく部屋に戻ろう。」
「「「「あ。」」」」
「そうですね、廊下では他の方のご迷惑ですから。」
それもそうだが、自分が気にしているのは少女本人の体調の事だ。
何度言っても何故か理解していないような少女にもう一度出かけた息を飲み込んで先を促す。
随分時間をかけて病室に戻り、少女をベッドに横にならせる。
とは言ってもリクライニング式のベッドは上半身部分を上に上げて椅子に座っているような状態なのだが。
真っ白なベッドに落ち着いている少女を見てやっとエリスは少し肩の力を抜いた。
下手にフラフラさせるよりも病室で静かにしていてもらった方が気楽だ。
「そういえば何でコッチに住んでるんスか?」
パイプ椅子を出して来て、居座る気満々の部下が問う。
「父も母も忙しい人で一度仕事の都合で家族全員でこの国に引っ越してきたんです。でも私ももう大学生で一人暮らしも出来ますので、私だけここに残りました。」
「へぇ。じゃあバイトとかで全部お金は遣り繰りしてるの?」
「いえ…父も母もバイト代は自分の好きな事に使いなさいって言って、学費や生活費は払わせてくれないんです。もう二十歳なのに申し訳なくて…。」
「そりゃ大事な娘だ。一緒に居られない分、金銭面だけでも楽させてやりたいって親心だろうなぁ。」
「それは分かっているんですけど。…父にも母にも感謝しています。頭が上がりません。」
苦笑する少女は本当に申し訳なさそうだ。けれども少しだけ嬉しそうにも見える。
二十歳とは言えど、このような見た目の少女を一人置いて仕事をする両親はさぞ心配なのかもしれない。
何となく気持ちは分からなくもないが容易に想像出来てしまう。
そこでふと少女は何かに気付いたような表情をした。
それはすぐに困った表情に置き換わる。
「あの、私が働かせてもらっているお店の場所って分かりますか?」
唐突な問いを不思議に感じつつもエリスは頷いた。
「あぁ、分かる。」
「実は昨日、お給料をいただくはずで…その、こんな事をお願いするのは申し訳ないのですが取りに行っていただけないでしょうか?」
「? 入院中の費用は全て此方が負担するが。」
「あ、いえ、えっと…。」
言葉を探すように濁す少女。少し考えた様子で、眉を下げたまま口を開く。
「お給料が大体十五万ほどになるので、そのうち十万をミーシャ養護園に寄付しているんです。何時も翌日に持って行っているので…お願い出来ませんか?」
養護園とは赤子から十五歳までの孤児の子ども達を養育する、所謂孤児院だ。
二十歳という若さでそこに寄付をしていると聞いて少なからず驚く。
それも給料の三分の二を毎月、というのはそう簡単な事ではない。
例え両親からの援助があるとしてもだ。
孤児院も国からそれなりに補助金が出ているけれど、養っている子どもの数を見てもどの孤児院も金が足りないのは明らかである。
十万という金額は少なくない。むしろそれだけあれば子ども達の食事だけでなく環境もかなり良くなるだろう。
「それなら僕たちが今から行ってきましょうか?」
「本当ですか?すみません、お願いします。」
「俺も。」
「あ、俺も行くぜ。子どもは好きだからな。」
「俺も行くっス!」
結局部下全員で行くらしい。
来た時と同じくあっと言う間に去ってしまった部下を見送り、少女が笑う。
「皆さん仲良しなんですね。」と。確かに常に行動を共にしている気がする。
仲間であり、友人であり、部下であり、家族であり。
苦楽を共にしてきた者達なのだから仲が良くなるのも自然のことだろう。
「少々騒がしいのが玉に瑕だがな。」
思わず呟いてしまった言葉を聞き取った少女は穏やかな笑みを浮べてエリスを見た。Prev Novel top Next