先ほど部下が言っていたように、彫りの浅い顔はややのっぺりしているように見える。
黄色味を帯びた肌は柔らかくきめ細かそうだ。
実年齢よりも随分幼く見えていた顔立ちは眠っているとより幼く思える。
点滴の針が刺さる腕はかなり細くて、筋肉などほとんどないのだろう。
体格だって普通の女性よりも小柄であることは明確で、自身よりも一回り以上小さい。
エリスからすると子どもと表現するのが一番相応しい気がしてならなかった。
自国では珍しい黒髪は肩よりもやや長いくらいで切り揃えられ、白いシーツとの対照比が美しい。
艶のある黒髪と淡い黄色の肌はミステリアスだ。
あまりお目にかかれない容姿の少女を思わずマジマジと観察してしまっていたが、不意に少女の睫毛が微かに震えたのに気付く。
目覚めの予兆に気付いたエリスが立ち上がるのと、少女の瞼が持ち上がるのは同時だった。
ぼんやりとした黒い瞳が暫く天井を見つめてから徐々に焦点が定まる。
「大丈夫か?」
あまり驚かさぬよう小声で声をかけたエリスに少女が顔を動かした。
そうして黒い瞳でエリスを捉え、「あっ」という顔をする。
「あのときの…、」
どうやら少女はしっかり覚えているらしい。
言いかけて咳き込んでしまった少女の体を起こしてやり、小さな背を擦る。
途中で買ったミネラルウォーターの蓋を開けてからボトルの飲み口を向けてやれば、小さな両手で掴んでゆっくりと飲み始めた。
しかしあまり手に力が入らないのか何度も持ち直す仕草に、ペットボトルを支えてやる。
余程喉が渇いていたのか時間をかけてペットボトルの中身を三分の一ほど飲んでから、ようやく少女は口を離した。
小さな手からペットボトルを取り、蓋をしてベッド脇の小さなチェストの上に戻す。
それからエリスは少女に向けて頭を下げた。
「すまなかった。」
「えっ?」
「君がTZ…麻酔弾のアレルギー保持者だったにも関わらず、撃ってしまった。」
「そんな…あの、頭を上げてください!わたし、その、色々ありすぎてまだ混乱しているんですけど、貴方のせいじゃないですっ。」
酷く慌てた声と共に小さな手が肩に触れてくる。
促されるまま顔を上げて見てみれば、少女はとても困惑した表情を浮べていた。
「ナイフを向けられた時は、とても怖かったです。でも、貴方は助けてくれようとしました。麻酔弾のアレルギーだなんて、わたしも分からなかったです。偶然の事故だったんです。貴方が悪いわけじゃありません。」
必死に言葉を紡ごうとしている少女にエリスは思わず目を細めてしまう。
何故だかこちらが申し訳なくなるくらい、少女がお人好しだという事が一瞬で分かった。
「むしろ、お礼を言いたいくらいです。…助けていただいて、ありがとうございました。」
ふんわり柔らかく笑う少女にそれ以上謝罪の言葉を重ねることも出来ず、気付けばエリスの口からは「どう致しまして。」という言葉が漏れていた。
少女からはこの話は終わりだという雰囲気が出ている。
エリスはどこか拍子抜けしてしまっていた。
こういう場合は基本的に慰謝料を払うだの、裁判をするだのと騒ぐ者の方が多い。
懐が広いと言えばいいのか、心が広いと言えばいいのか。
どちらにせよ少女は今まで会ってきた人間達とは全く毛色が異なるな、とエリスは不思議な気持ちで内心小首を傾げた。
「あの、ところでここは何処なのでしょうか…?」
へにゃりと眉を下げて聞いてくる少女に状況説明がまだだった事を思い出す。
麻酔弾を打たれた少女がアレルギー反応を起した事、救援隊の車両で運ばれた事、今いるのは軍と警察が共用している医療病棟である事、事件は既に収束している事を告げた。
ついでに二、三日入院してもらいたい旨も伝えると困ったような顔をした。
聞いてみれば少女は一人暮らしだが、大学に通いながらアルバイトをしており、丁度シフトと重なってしまうとの事だった。
少女からアルバイトと大学の連絡先を聞き出し、一旦部屋を出たエリスは自身の携帯電話でそこへ電話をかける。
電話口に出た女性に少女の名と事の経緯を大まかに話し、休ませるよう頼む。
女性はすぐに了承の言葉を口にしたので礼を述べてから通話を切った。
それから今度は大学側へも連絡を入れる。こちらは既に事態を把握していたので一も二もなく休みを分捕る。
病室に戻り、アルバイトと大学から何日か休みを取った旨を伝えれば少女は申し訳無さそうな表情でぺこりと頭を下げた。
「すみません、お手数おかけします。」
「いや、これくらい如何って事ない。今日一日、君は安静にしていてくれ。」
「はい。」
しっかりと頷いた少女はベッドに横になろうとして、ふと何か思い出したように黒い瞳を向けてきた。
何だと見やると小さく笑って言った。
「そういえば、名前を言っていませんでした。雨宮唯…ユイ=アマミヤです。」
「エリス=リーヴィスだ。」
互いに名乗ってから「リーヴィスさんですね、覚えました。」そう笑う少女に、胸の中で温かな何かがふわりと広がった気がした。Prev Novel top Next