VIPルームの何とも言えない悲惨な空気に思わず泰河は扉を開けた状態のまま、束の間停止した。
赤いソファーに腰掛けているのは本を広げた志貴。その横にはニコニコと笑みを浮べた愁。
顔を引きつらせながらも何とか笑みを浮べている部下達の姿。
「どうした。」
傍にいた部下の一人に問うも「あ、いや、その、」と煮え切らない返事が返って来る。
愁を見ればニッコリと笑みを返しながら志貴の隣りを示して、どうぞと言う。
とりあえず座れば志貴が本から顔を上げる。
視線が絡み合ったがすぐに本へ顔を向けてしまった。
覗き込んで見ると本は絵本だった。それもこの間、愁が志貴に渡したヌイグルミが描かれている。
絵本の背表紙を見れば‘愛する君’というタイトルが可愛らしい丸字で書かれていた。
「そのとき、ケロ男はおもわずケロ美をかばいました。‘やめろ、彼女はぼくの大切な人なんだ!’剣が向けられてもケロ男は兵士をにらみつけます。‘ですが、王子…!’‘下がれ!彼女を傷付けることはゆるさない!!’りんとしたケロ男の声に兵士はこうべをたれて平伏します。」
平仮名が随分多い中身を志貴が音読する。
本来であれば山場なのかもしれないが、台詞とは裏腹に志貴の声は抑揚がなく、まさに棒読み状態だった。
……これをずっと聞いてたのか?
泰河が愁へ視線を向けると先ほどと寸分違わぬ笑みが張り付いている。
恐らく元凶は目の前の優男だ。どうせ絵本をプレゼントして読んでくれとでも言ったのだろう。
「しかし、大きなとびらをあけてだれかが入ってきました。‘王子、なぜそのような者をかばうのです?!’それは小さいころからケロ男のいいなずけだったケロリア・グレースという人だったのです。‘すまないケロリア、けれどぼくには彼女しかいないんだ!’‘あぁ、ケロ男様…!’かんきに満ちあふれるケロ美とはうらはらに、ケロリアの目にはしっとの炎がうずまきます。‘卑しい身分の分際で、わたくしの王子を横取りするとは…!’」
「志貴。おい、志貴。」
「?」
「頼むから止めてくれ。頭が痛ぇ。」
「泰河、大丈夫?」
どう考えても子どもの教育によろしくなさそうな内容なのに、何故絵本になっているのか。
額に手を当てた泰河を見て、志貴が絵本を閉じた。
そうすれば室内にいた誰もがホッとした表情をする。
愁だけは至極残念そうな声音で「仕方ありませんね。」と言うが、浮かぶ笑みは深い。
見た目とは裏腹に性質の悪い男だ。
志貴の手から絵本を奪うと泰河はそれをテーブルへ放った。
黒い瞳が後を追うように見つめていたが、あえて気付かないフリをする。
さすがにあの異様な雰囲気の読み聞かせを延々と聞く気は無い。
「また今度、続きを聞かせてくださいね。」
ニコリと優しげな笑みを浮べる悪魔に思わず泰河はげんなりとした顔をしてしまった。Prev Novel top Next