この話では「自己責任系」と呼ばれる類の怖い話が登場します。
これはその話を見聞きすると呪われる、話と同じ内容の夢を見たり、酷い目に遭ったりするなどと言われています。
何もないかとは思われますが題名の通り自己責任でお読み下さい。
信じやすい方や怖い話が苦手な方はご遠慮願います。
* * * * *
外出時にマフラーが欠かせなくなった十二月の中旬。
数日前に僕は十九歳を迎えたばかりだった。
羽柴(はしば)先輩はそれを口実に、曰(いわ)く付きの物を持ち寄った以前のメンバーで今度は怪談でもしようと言い出したため、オカルト同好会の部室には用事で来れない眞山(まやま)先輩を除いた七人が集まった。
真の目的は怪談だが、それでも先輩達はケーキやお菓子、ジュースなどを用意してくれて、紙皿や紙コップなどの使い捨ての食器類に盛られたそれらは全員に配られる。僕のケーキには‘1’と‘9’のカラフルな蝋燭が小さな火を灯して刺さっていた。わざわざ窓のカーテンまで引いて部屋を暗くしてからハッピーバースデートゥーユーで始まるお誕生日のうたを歌ってもらい、少し照れ臭い気持ちで蝋燭の火を吹き消し、クラッカーの鳴る中で祝いの言葉を投げ掛けられる。家族や友達に祝われるのとはまた違った嬉しさがあった。
そうしてケーキやお菓子を食べ始めたところで羽柴先輩が手を叩いて全員の注意を引く。
「はいはーい、注目!」
視線が集まると羽柴先輩がニッと口角を引き上げて笑った。
「期待の新人、八木っちのお祝いもしたので、今日の本題に入りたいと思いまーす!」
むしろそれが目的ですよねとは流石に言わなかったが、先輩達の目が輝き出す。
本当にオカルト同好会の人々はその手の話題になると食い付きが凄い。
いつき先輩の横に座っていた篠田(しのだ)先輩が「はーい、質問がありまーす」と手を挙げる。
「今日は怪談話をするって聞きましたけど、具体的に何の話をするんですか?」
問われた羽柴先輩が待ってましたとばかりに立ち上がってホワイトボードに文字を書く。
お世辞にもあんまり上手いとは言い難い文字で‘自己責任系怖い話’の文字。
他の先輩達はピンと来たようだが、僕にはさっぱりだ。
自己責任の怖い話って一体どういうことなのだろう?
首を傾げて見ていれば、羽柴先輩は‘自己責任系怖い話’の下に箇条書きに‘裏返しの話’‘鹿島(かしま)さん’‘失(な)くし物’と書いた。多分、その三つはこれから語る怖い話の題名だというのは分かる。
「自己責任系ってどういうことですか?」
こっそり、斜め前に座るいつき先輩へ聞く。
窓際のお誕生日席にいる僕から見て右側は手前から、いつき先輩、篠田先輩、前橋(前橋)先輩。左側は塚本(つかもと)先輩、安坂(あさか)先輩、羽柴先輩と座っている。ホワイトボードは左側の壁にあって、安坂先輩と塚本先輩は体を捻(ひね)って後ろを見なければいけないので少し面倒臭そうだった。
「話を聞いた後、自分の身にその話と同じことが起こる可能性があるから、聞くか聞かないかは自分で判断しろという怪談のことだ」
「ああ、だから自己責任なんですね」
納得して顔を戻すと羽柴先輩が箇条書きにした三つをペンで示して見せる。
「この三つが今日の怪談な」
「あの、確か‘鹿島さん’って聞くと夢に見るってどこかで聞いたことがあるんですけど、眠らないといけないからすぐには検証出来ませんよね?」
「げっ、もしかして内容ももう知ってる?」
羽柴さんが残念そうに眉を下げた。
しかし塚本先輩は首を振って否定する。
「いえ、話は知らないです。ただ前に誰かがそんなことを言ってたので」
「おお、セーフ! ‘鹿島さん’と‘失くし物’は夢系だけど、‘裏返し’は時間制限タイプで最初に話しておけば部活終わる頃に大体時間切れで結果が出るだろうし。今日はソッチだけ。明日、また集まって夢に見たか確認するってことで」
言いながら羽柴先輩が部屋の明かりを消す。
せっかく怪談を話すなら暗くした方が雰囲気があって面白いから、らしい。
薄暗くなった室内で席に戻った羽柴先輩がタブレット端末を取り出し、慣れた様子で操作する。端末の明かりのせいで羽柴先輩の顔が下から照らされ、余計に雰囲気が出ている。
こほん、と一つ咳払いをして、羽柴先輩は怪談を語り出した。
* * * * *
Kさんの友人が急死してしまい、その通夜の席で十数年ぶりに同級生達が集まった。
誰からともなく「そのうち皆で飲もうなんて言ってるうちに、もう三人も死んじまった。本気で来月あたり集まって飲もう」という話になった。
言い出しっぺのAという男が幹事になって話を進めたが、男五人に女三人ともなるとなかなか全員のスケジュール調整がつかない。
「今年の夏は凄く暑いし、いっそ九月に入ってからにしようか」
幹事のAとKは昼食を一緒に食べながら話し合っていた。
今も思うと、その時にビールなんか飲んだのが間違いだった。
幹事のAが、ふと言わなくてもいいことを口に出し、Kは酔った勢いでその発言に突っ込んでしまった。
それは先月死んだ友人に先立つこと十年前、学生時代に死んだBとCというカップルのことだった。
十年前、AはBという男のアパートで、その彼女のCと三人で酒を飲んでいた。
その直後、BとCは交通事故で死亡。
原因はBの酔っ払い運転による事故という惨事であった。
実はAは、その事故の第一発見者でもあるのだ。
Kは酔っ払いながら、インターネットの巨大掲示板のことをAに説明し、そこにある事故の第一発見者のスレッドに書き込めと面白がって悪趣味な提案をしたのだった。
すると、Aはたちまち顔面蒼白になり「冗談じゃない!」と本気で怒り出してしまった。
Kは些(いささ)か鼻白んで「ムキになんだよ」と言い返したが、Aの怒りは治まらなかった。
そして「じゃあさ、あの時の話を聞かせてやるが、後悔するなよ」と言い、怖ろしく早口で話し出したのだった。
俺がB、Cと飲んでいた時、D先輩が突然Bのアパートを訪ねてきた。
顔面真っ青で、唐突に「お前ら、裏返しの話を知ってるか」と話し出した。
その時俺は丁度酒を買い足しに行こうとしていたのだが、D先輩が止める様子もないので、缶酎ハイを買いに出て十五分ばかり中座した。
部屋に戻るとD先輩はさっきと違って大分くつろいだ様子で、俺が買って来た酎ハイを一気に飲んだ。
「何の話だったんですか?」
俺が聞くとD先輩は答えた。
「だから裏返しだよ」
「裏返し?」
「裏返しになって死んだ死体をみたことあるか?」
変な質問に俺は首を振る。
「……いいえ。なんですか? それ」
「靴下みたいに、一瞬にして裏返しになって死ぬんだよ」
「まさか。何で、そんなことになるんですか?」
先輩は、くっくと喉を鳴らして笑った。
「この話を聞いて、二時間以内に他の人間にこの話をしないと、そういう目に遭うんだ」
「不幸の手紙ですか?」
俺は本気にした訳ではないが、気になって、もう一度D先輩に聞き返した。
するとD先輩は「何とでも言え。とにかく、俺はもう大丈夫だ。モタモタしてないで。お前らも誰かに話しに行った方がいいぞ」と言った。
その場が白けた感じになったが、買い足してきた分の酎ハイを皆で飲み干し、飲み会はお開きになったのだった。
D先輩はバイクで帰り。BとCはBの車に乗った。
エンジンをかけ、発進した直後、車は電柱に衝突したのだ。
俺はその音を聞いてすぐに部屋から飛び出し、車へ駆け寄ってみると、BとCは血塗れになっていた。
そこまで出血するほどの大事故には見えなかったので俺は驚いた。
いや、もっと驚いたのは、二人が裸だったということだ。
更に言えば、二人は完全に「裏返し」になっていたのだ。
俺はその場で大声で叫んだ。
「裏返しだ! 裏返しで死んでる!」
すぐに人が集まって来て、現場を覗き込み、俺と同じ言葉を繰り返した。
……だから、現場にいた皆は助かったのだろうと思う。
Aはこの話を終えると、逃げるように帰ってしまった。
* * * * *
「これが‘裏返しの話’」
羽柴さんが下から照らし出された顔でくっくっと笑った。
それが一瞬、話に出て来るD先輩を彷彿(ほうふつ)とさせる。
「つまり今から二時間ここにいて、本当に裏返しになって死ぬか確かめるってわけね」
安坂先輩がちょっと呆れ気味に言った。
「そういうこと」
「でも二時間以内に死ぬとは言ってませんし、その話の通りにもしかしたら帰り道とかで死ぬ可能性もありますよね?」
「あー、それはどうなんだろ。まあ、死んだらこれが本物だったってことになるよな?」
塚本先輩の問いに羽柴先輩はまるで気にした風もなく首を傾げた。
それは嫌だなと僕は内心で思う。まだ死にたくない。あと裸で死ぬのも勘弁して欲しい。
ふあ、と音もなくいつき先輩が欠伸を零したのが視界に映る。
別段怖い話ではなかったものの、いつき先輩は全く信じていないのか若干退屈そうだ。
羽柴先輩は時刻を確認してホワイトボードに「17:15」と書き込んだ。
二時間後の十九時十五分までここにいることが決定した。
途中から話自体は怖くないと気付いたのか、何時の間にか先輩達はお菓子を食べ進めていた。
僕も釣られるように苺の乗ったショートケーキにプラスチックのフォークを入れ、一口食べる。つい数日前も食べたけれど、お祝いのケーキというのはそれだけで何だか普段よりも美味しい気がして、二口、三口と口に入れてしまう。
ケーキを突(つつ)いていたら右斜め前からケーキの乗った皿が音もなく視界に入って来た。
驚いて顔を上げると、いつき先輩が僕を見ていた。
「やる」
端的な言葉に僕はケーキといつき先輩の顔とを交互に見てしまう。
「良いんですか?」
「今食べると夕食が入らないんだ。幾(いく)ら気温が低いと言っても、家に持ち帰る頃には傷んでしまう。それなら君に食べてもらった方がケーキも本望だろうさ」
いつき先輩は椅子に体を戻して紙コップで紅茶を飲む。
もう一度ケーキといつき先輩を見て、僕は頷いた。
「ありがとうございます」
何だか食べるのが勿体ない。これは後で食べよう。
そっとケーキの乗った皿を端の方へ寄せる。
「じゃあ次は‘鹿島さん’な。これはいっちゃんに読んでもらうかな」
羽柴先輩がタブレット端末をいつき先輩へ差し出した。
事前に聞いていなかったのか、いつき先輩は眉を寄せて端末を見た。
「何で私なんですか……」
「いやあ、いっちゃんが読んだ方が何か怖そうじゃん?」
その気持ちは分かるような、分からないような。
でも確かにいつき先輩が怖い話を読んだら結構怖いかもしれない。
視える人であるいつき先輩が語れば真実味が増して洒落(しゃれ)に聞こえないだろう。
無言の押し問答を数秒した後、折れたのはいつき先輩の方だった。
小さく溜め息を零しながらタブレット端末を受け取ると、朗々と語り始めた。
* * * * *
第二次世界大戦の日本敗戦直後、日本はアメリカ軍の支配下に置かれ、各都市では多くの米兵が行き交う時代だった。
ある日、地元でも有名な二十三歳の美しい女性が一人で加古川駅付近を歩いていたところ、不幸にも数人の米兵に性的暴行を加えられてしまう。その後、その米兵達は女性が苦しみながら死んでいくのを楽しむために、身体の両腕・両足の付け根の部分に銃弾を叩き込み、道路上に放置したまま立ち去ったのだった。
女性が瀕死の状態で生死を彷徨(さまよ)っていた時、運良くその場を通りがかった地元でも有名な医者に発見され、腐敗していた両腕・両足を切り落とすことを代償に一命を取り留めた。
しかし、自分の美しさにプライドを持っていた女性は生きることに希望が持てず、車椅子で何時も散歩に連れていかれる当時の国鉄・加古川線で隙(すき)をみて車椅子を倒し、両腕・両足のない身体を捩(よ)じらせ、鉄橋の上から走ってきた列車に身投げし自殺したのだった。
そして女性が自殺した後、警察や国鉄から多くの人が路線中で女性の肉片を収集したが、不思議なことに首から上の部分の肉片は全く見付からなかったのだという。
だが時代が時代だった。
数日経過すると、その事件を覚えている人は殆(ほとん)ど居なくなってしまっていた。
事件が起こったのは、それから数ヵ月後のことだ。
朝は元気だった者が何故か変死を遂げる。
それもある一軒の家庭で起こると、必ずその周囲でも同じ事件が起こるのだ。
警察が行った聞き込みでは不思議な共通点があった。
被害者は必ず死亡する日の朝に「昨日、夜におかしな光を見た」と言っていたのだという。
実際に当時の新聞にも記載された事件であり、加古川市では皆がパニックになった。
加古川署では事件対策本部が置かれ、事件解決に本腰が入ることになる。
そこである警察官が事件があった家庭を地図上で結んでみたところ、ふと気が付いた。
地図上の曲線は、手足のない、しかも首もない胴体の形になりつつあったのだ。
こうなると当然、次はどこで事件が起こるか予測がつけられる。
そこで聞き込みにあったような「光」を見た者は警察に届け出るように住民へ知らせたのだが、それでも曲線状の仮定では「光」を見たと言う被害者が次々と亡くなっていく。
しかし、本当は「光」ではなかったのだ。
被害者が死亡した日の朝の告白は実はこうだった。