僕の所属するオカルト同好会とは、現代科学では説明出来ない超常現象に始まり、未確認生命体や飛行物体、幽霊、呪い、黒魔術などといった類のものを好む者達の集まりである。
基本的な理念は‘不可思議な現象や存在に対する知的探究心は追求すべし’だ。
こう述べると非常にお堅い部活のように感じられるが、実際の活動内容は部員同士で集まって怖い話に興じたり、心霊スポットを巡ったり、どこから仕入れて来たのか分からない‘おまじない’の実験や結果についての意見を交わしたりと大分緩い。怖いもの見たさが他人(ひと)よりも強い人々ばかりなのだ。
九月も後半に差し掛かり、それでもまだ時折残暑を感じる日もある秋口。
同好会の部室に数名の部員が集まっていた。
「よっしゃあ、持って来たな!」
嬉しそうに机の上を見回すのは部長の羽柴(はしば)先輩だ。
机にはやや厚みのある封筒、縦に大きい段ボール箱、木製の小さく平たい箱が一つ、同じく木製で一回りか二回り大きな箱が一つ、最後の木製の箱も正方形でそこそこ大きい。計五つが今日の主役達である。
どういう訳か、今日は曰(いわ)く付きの品物を持ち寄るということになっていた。
封筒は羽柴先輩と彼女の安坂舞(あさか まい)先輩、大きい箱は二年の篠田優乃(しのだ ゆの)先輩、平たい箱の小さい方は三年の前橋明里(まえばし あかり)先輩、もう片方のやや大きい方は同じく三年の眞山喜一(まやま きいち)先輩、正方形の木箱も三年の塚本昌樹(つかもと まさき)先輩。それぞれが‘これこそは’と思う物を持って来たのだ。
安坂先輩と篠田先輩は廃屋へ行った面子の中にいたので知っている。
眞山先輩はあまり部室に来ないのか初めて見る人だ。
前橋先輩はよく部室に顔を出すけれど、僕はまだ話したことがない。
塚本先輩はたまに話す。オカルトというより変わった物や話が好きらしい。
そこにいつき先輩と僕が加わり、合わせて八人が集まった。
僕達二人だけは手ぶらだった。いつき先輩は曰く付きの物は面倒を呼ぶだけだからと手元に置かず、例え見掛けても集める気もないとのこと。先輩らしい。僕は単純にそういうものを持っていない。
「曰く付きのものなんて一体どこで手に入れるんですか?」
まさか六人全員がその手のものを所有しているとは思わなかった。
「ふっふっふっ、それはトップシークレットだ」
自慢げに羽柴先輩が胸を張る。
横で安坂先輩が「友達の友達の知り合いまで聞いて回ったの」と教えてくれた。
それはもう赤の他人ではないだろうか。羽柴先輩には色んな意味で驚かされる。
「私は親戚が家を建て替える時に出て来た物を貰ったの」
前橋先輩が呟くように言う。
横にいた塚本先輩も頷く。
「俺も似たようなものかな。寺があった場所を散策してたら見付けた」
「それヤバくない? 墓石とか?」
「多分違うよ。そういうのじゃない」
眞山先輩に問われて、塚本先輩は首を振った。
「それで眞山のは?」
「夏休み中に行ったタイで買ったやつ。篠田ちゃんは?」
話を振られた篠田先輩が大きな箱の側面を軽く撫でた。
「これは昔から家にあったものです」
入手方法は違うものの、同好会に入るほどの人々が持つ物ならば何かしら問題がありそうだ。
いつき先輩は何時(いつ)もの本棚前にパイプ椅子を置いて陣取っている。
机から少し距離を空けているのは曰く付きのものに近寄りたくないからなのか、それとも単に興味がないのか。読んでいた本を棚に戻したところを見るに、多少は気になっているのかもしれない。
とりあえず八人で机を囲んで座る。会議用の長机は全員で使ってもまだ余裕がある。
「誰からにする?」
「そりゃあ勿論、部長の俺でしょ!」
安坂先輩の問いに羽柴先輩が即答する。
特に異論も出ず、そのまま時計回りに披露していくことで決まった。
「私達のは心霊写真だよ」
言いながら安坂先輩が封筒の中身を出して机の真ん中へ並べる。
結構な枚数の写真だ。少なく見積もっても三十枚はある。
適当に近くに置かれた写真を手に取ってみると、夜の墓地で数人の男女が撮ったもののようだ。ちょっと性質の悪いただの写真だが、安坂先輩の言う通り、よくよく見れば背の高い男性の肩に半透明の青白い手が乗っている。到底生きている人間のものとは思えない肘から先の手が二本、逃がさないと言わんばかりに両肩を掴む様がハッキリ写っている。
他の部員も自分の傍にある写真を見て、感嘆の声を上げた。
試しに別の写真も見てみたが、鮮明に写っているものもあれば、ピントがズレたようなぼやけたものもあり、写り込んでいる霊も大人の男女だったり子供だったりと多様だ。腕や足、頭部など体の一部分だけの霊も多い。本当にどれもこれも心霊写真ばかりを集めたものだった。
墓地の写真をまだ持っていた僕に横に座る羽柴先輩が目を輝かせる。
「おお、それはこの中でも特別だぜ。そこに写ってる奴はその写真を撮った後に転んだらしい。しかも、次の日になったら肩に人が力一杯掴んだような手形が残ってたって話だ」
「それは凄いですね」
ありきたりだけど、実際に体験した人はさぞや怖かっただろう。
「他にも心霊スポットで記念撮影した帰り道に自動車事故に遭ったとか、写真を撮った公園から後で死体が出て来たとか、呪いじゃなくてもそういうのだって‘曰く’だしな」
僕の手から海辺の写真を取った羽柴先輩が、いつき先輩へ見せる。
写真を目の前に出されたいつき先輩は小さく肩を竦めた。
それに羽柴先輩はとても残念そうな顔で写真を引っ込める。
「やっぱ教えてくれないかー」
「心霊写真は‘憑いているか’ではなく‘何が写っているか’でしょう?」
「そうだけどさあ。憑いてるかどうかくらい教えてくれたって良いじゃん」
羽柴先輩が持っていた写真を机に放る。
その拍子にひっくり返った写真の裏側に、色々と書き込みがしてあることに気付く。恐らく羽柴先輩のものだろう乱雑な字体で写真についての曰くが記載されている。勉強は嫌いだと豪語するわりに同好会関連となるとやり過ぎなくらい調べてくるのは、それだけこういう話が好きな証拠なのだろう。
全員が大体の写真を見終えたので安坂先輩が回収して封筒へ戻す。
「その写真はどうするんですか?」
眞山先輩が問う。
「次の休みの日にでも神社に持っていく。お祓いに出すって約束で、一枚五百円の祈祷(きとう)料も譲ってもらう時に集めたしな。そこそこ良い額だから足りるだろ。余った残りは俺の労働分ってことで」
「……もしかして、私が憑いていないと言ったら神社に持ち込まないつもりでした?」
羽柴先輩の答えにいつき先輩が指摘し、僕もそれはありそうだと思う。
当の本人はへらりと愛想笑いを浮かべたものの否定はしなかった。
何も言わないということは、そういう腹積(はらづ)もりだったのだろう。
霊が憑いていない写真を神社へ持ち込んで祈祷料を払ってお祓いを受けるよりも、そのまま持っていた方が羽柴先輩の財布事情的にもオカルト好きとしても利益がある。でもお祓いしてもらうという条件で譲り受けたのなら持って行かないのは如何(いかが)なものか。
いつき先輩が若干白い目で羽柴先輩を睥睨(へいげい)する。
「あははは。まあ、それは置いといて次見ようぜ、次!」
「今度は私の番ですね」
羽柴先輩が顔を向けたことで、次の前橋先輩が箱を机の中央へ置いて蓋を開けた。
箱は平たく、手の平サイズで高さは五センチもない。ある程度は綺麗にされているが、かなり古いのか木製の箱は全体的に茶色く汚れている。蓋の表には薄っすら‘奉鎮’の文字。中には赤い布が敷かれており、その上によく分からない物が並べてあった。若干錆付いた様子からして金属の類だろうか。人を模(かたど)ったもの、王冠の下部が伸びたようなもの、丸みたいなもの、丸よりやや小さい五円玉みたいなもの、包丁のようなもの、長方形の鉈みたいなもの、剣みたいなもの。全部で七つ。どれも箱に合わせた小ささだ。
「二年前、親戚が家を建て直す時に土台の下から出て来たものです」
「何これ? 触ってみても良い?」
安坂先輩が箱を覗き込みながら聞く。
どうぞ、と前橋先輩が人を模ったものを渡し、宙に指で字を書いた。
「調べたら鎮物(しずめもの)といって、家などを建てる時に土台下に埋めて土地神様へ奉納する物らしいです。工事の安全と生活の平安を祈念する目的だとか。ちなみに親戚は新しい家を建てる際に鎮物を埋めなかったんですが、家の中で転倒したり物が倒れてきたりと怪我が絶えなかったので庭先に新しい鎮物を埋めたそうです。その後は全く事故が起きなくなったと言っていました」
僕もそれを手に取ってまじまじと眺めてみた。
鎮物は薄い金属の板でとても軽い。この錆や木箱の汚れは長年土の中にあったからだろう。
神様への供物は祭壇や神棚へ捧げるものだと思っていたが、土地の神様ならば土の中へ埋めるのは考えてみれば至極当然の気がする。鎮物を奉納しなかったことで土地神様が怒って事故が頻発したとすると、昔ながらの風習やしきたりも案外馬鹿に出来ない。
「神様の祟(たた)りって普通の幽霊より怖い感じがしません? 幽霊なら祓(はら)えても、神様の祟りだと祓えなさそうですし、許してもらえるまでどうしようもないじゃないですか」
篠田先輩が箱へ鎮物の板を戻して言い、塚本先輩が頷き返す。
「いくら有名な陰陽師や除霊師でも、神様を祓うのは流石に無理だと思う。そもそも日本の陰陽道は暦(こよみ)を作ったり、政(まつりごと)や上位の人々の吉凶を占ったり、まじないや祭事を行ったり、天文を調べたり、現代人がイメージしてる‘毎日悪霊や怨霊を祓ったり滅したりする職業’とは言い難いしね」
「そうそう、陰陽道は中国の陰陽説や五行説を元にしてて道教や仏教が主なのに、神道系だと思ってる人が多いんですよ。確かに今の日本は色んな宗教がごちゃ混ぜになってるから仕方ないのかもしれませんけど」
「それは分かる。新年で初詣して、節分とか御盆とかあるのにクリスマス祝うし、でも正月飾り買うし家に神棚あるし、教会で結婚式は挙げて死んだら寺の墓ってのも結構変だよなあ」
塚本先輩と篠田先輩の話に羽柴先輩まで同意し出す。
それよりも会話に全然ついていけないことに愕然(がくぜん)とした。
今まで分からないことはいつき先輩が教えてくれたけれど、それは読書家のいつき先輩だから色々な知識があるのだとあまり気にしていかなかったが、もしかしたらこの同好会の中で一番無知なのは僕かもしれない。事実、他の先輩達もきちんと話を理解して会話に混じっている。
僕だけ話についていけるほどの知識も理解力も足りていないらしい。
「どうした。変な顔をしているぞ」
他の先輩達の会話を邪魔しないためか、いつき先輩がそっと声を掛けて来る。
「僕って全然物を知らないんだなと痛感していました」
「いきなり何だ?」
「先輩達の会話がちんぷんかんぷんなんですよ」
溜め息混じりに肩を落とすと、励ますように軽く肩を叩かれた。
「人間という生き物は自分の無知や間違いを認めたがらないものだ。他人が知っていることを自分は知らないのに、その事実を隠したり、知ったか振りをしたり、誤りを指摘されて自尊心を傷付けられるのを極端に恐れ、嫌悪する。その点を以ってすると、自身の無知を正直に認められる君は凄い」
何だかよく分からないが手放しで褒められている。
いつき先輩に褒められて嬉しいような、でも自分の知識のなさを考えると素直に喜べないような、釈然としない気持ちになる。それが表情に出ていたのか、いつき先輩は僅かに苦笑を零した。
「それに先輩達は君だからこそ話したがるんだ。同じように知識を持つ者同士の会話も楽しいが、それ故に意見の違いや対立も多い。却(かえ)って知識がない者の方が気楽だろうな」
「そんなものですか?」
「そんなものさ」
視線で示されるままに顔を戻せば、先輩達の会話が丁度途切れた。
話が一段落したのか、或(ある)いは意見が一致したのか、満足げな様子からして後者だろう。
それでも先ほどより疎外感が少ないのは、いつき先輩が間を持たせるように話し掛けてくれたお陰である。僕といつき先輩の視線に気付いて先輩達がふとこちらを向いた。
「あ、ごめん、いっちゃんと八木(やぎ)っちはこういうの興味ないよな」
羽柴先輩がバツの悪そうな顔で後頭部を掻く。
「いえ、お構いなく。私達も話していましたので」
「そう? 喋ってばっかだと時間なくなるし、次行くか」
いつき先輩の言葉に羽柴先輩はホッとした風に腕を下す。
篠田先輩が椅子から立ち上がった。
「はーい、今度は私ですね」
ダンボール箱を開け、ジャーンと効果音を付けながら中身を出した。
硝子(がらす)ケースだ。ケースの底は黒く、四頭身ほどの市松人形が背筋を伸ばして行儀良く立つ。綺麗な黒髪は胸元まであるおかっぱで、健康的な肌、ふっくらした頬はほんのり赤く、涼しげな一重の目元と小さな赤い唇は微笑みを浮かべているようだ。何枚か重ね着された赤い着物には色々な花の絵が描かれ、金色の帯はよく見ると小さな扇子と飾りが挟んである。少しだけ見える足元は白い足袋だ。
市松人形は怖がられがちだが、これは大変可愛らしい顔立ちだった。
見ているこちらまで微笑したくなる。曰くなんて全く感じさせない人形だ。
足元に立った札には人形の名前だろう‘千代(ちよ)’と書かれていた。