街は橙色の優しい光で溢れていて、愉快な顔がくり抜かれた南瓜が至る所に飾られている。
仮装した子供達が楽しそうに笑っている。これからお菓子を貰いに行くのだろうか。
今日は10月31日だ。
思い出さない日は一日だって無いけれど、今日は、より鮮明に。
貴方たちがいなくなってから、もう何年になるだろうか。
「ええ、お菓子も沢山用意したわ。ケーキも作ったのよ。もう作りすぎってくらい。
今日はリーマスもピーターも来るのかしら?」
久々に会えるからと浮かれて、すこし張り切りすぎたかなあと思うのだけど、
大の甘党もいることだしきっと問題は無いだろう。
受話器の向こうにいる彼女もそう言っている。
「そうね、それじゃもうすぐ行くわね。彼のバイクで行くから、すぐに着くと思うわ…。
ふふ、もうリリーったら大丈夫よ、危なくないってば。
うん、うん、じゃあ後でね。
私も愛してるわ、リリー。」
受話器を置き、彼の方を見遣る。
まだ準備中の様だ。
私たちはジェームズとリリーたちの少し後に夫婦になった。
まだこどもはいないけれど、愛するひとが傍にいて、毎日すごく幸せで。
きっとこどもなんか生まれてしまったら、この手では抱えきれない程幸せで溢れてしまうんじゃないかってくらいに。
そんな私たちももうホグワーツを卒業して大分立つ。けれど、こうしてたまに集まることができている。
お祭りごとが大好きな彼等だから、クリスマスは勿論ニューイヤーパーティーなんかもするし、
今日はハロウィーンだから、これからポッター家で小さなパーティーをするのだ。
「シリウス、準備できた?」
「おう、そろそろ行くか。」
シリウスはつい先日任務の帰りにお邪魔した様だけれど、
ハリーの誕生日以来皆に会っていない私はこの日を心待ちにしていた。
それなのに。
しあわせな、日になるはずだったのに。
「っ、ど、うゆ、こと、」
息が詰まり、呼吸がうまく出来ない。
「…シ、シリウ、ス、ねえ、っジェームズは、リリーは、ハリーは、っ、どこ、なの、どうして、ど、して、お家が、こんなに、ね、な、で、あの印、…っ」
目の前に広が光景に、自分の目を疑った。
目がおかしくなってしまったのか、夢を見ているのではないか、と。
ただうろたえて、彼に答えを求めるしかなかった。
「あ……つ…だ……、あ……が、」
「え、」
彼はギリっと歯を食いしばり、
此処にいては危険だ、一度家まで姿現しをする、と私の手を握った。
姿現し特有の音がして、目を開ければそこは見慣れたわが家。
わからない。混乱して、動揺して、頭がついて来ない。
状況が把握できない。
眩暈が、する。
「シリウス、どし、て」
「あいつだ、……あいつが裏切ったんだ!」
「え、どうゆ、こと、」
「ちゃんと説明してる暇はねえんだ、ユカ。わかってくれ、俺の提案で守人をワームテイルに変えた。敵の目を欺くことができると思っていた、あいつなら、」
わけがわからない。
目に焼き付いたあの恐ろしい印も変わり果てた彼等の家も、シリウスの言っていることも。
動揺しているのだろう、苦しそうな表情の奥で彼の瞳もゆらゆらと揺れている。
繋がれた手だけでは不安過ぎて、彼にしがみついて縋った。
「、俺が悪いんだ」
「頼む、ユカ、俺はあいつを追う。リーマスやダンブルドアに連絡してくれ。
お前は俺が絶対に守るから、此処にいろ。
ダンブルドアか騎士団の誰かが来るまでは絶対に此処を動くな。」
「っ、や、待って!シリウス!やだ、行かないで!
何だか凄く嫌な予感がするの、だめ、せめてダンブルドアと連絡をとってから、ねえ!」
腕を掴んで満身の力をこめて引き止めた。だがそれはいとも簡単に振りほどかれてしまう。
振りほどかれた手は、重力に従って落ちた。
酷く寒気が、した。
「ユカ」
「行かないで」
本当に、嫌な予感がする。
彼に引き寄せられ、背に手が回る。
きっと彼は私がどんなに縋っても行ってしまうんだろう。
「絶対に帰ってくる。」
「約束、してっ…」
「俺の帰る場所はいつだって此処だよ。」
伝わって来る体温は優しくて温かいのに、その手だけは酷く冷えて震えていた。
「ユカ、愛してる。」
そう言って彼は私の唇にそっとキスを落とし、行ってしまった。
それから数時間経って、ダンブルドアから聞かされたのはリリーとジェームズが殺され、ハリーが生き残り、
ヴォルデモートが失脚したという事実だった。
手の震えが止まらなかった。さっき電話したばっかりじゃない。久しぶりに会えるねって、笑ったじゃない。どうしてそんなに簡単に奪われてしまったの。
そんなに簡単に、ふたりがいなくなるはずなんてないのに。
沢山の言葉が頭を巡っていた。訳がわからなくて、二人の死もなにもかも受け入れることができなかった。
私はシリウスから聞いたことを全てダンブルドアに伝えたが、
そのあとシリウスが起こした事件によって信憑性は殆ど失われてしまった。
シリウスが親友を殺めたりするわけがないのに。
どうして信じてくれないのだろう。彼にとってジェームズは兄弟同然で、私が嫉妬してしまうくらいにお互いを大事に思っていたというのに。そんなの、周知の事実じゃない。
世間は私が親友をなくし夫が事件を起こしたショックで狂ったのだと思い、
私を信じてはくれなかった。
喪失感や虚無感が心を蝕んで、私は泣いて、泣いて、泣いた。
あの日と同じ。
今日はハロウィーン。
橙色した光が、あの日のことを。
ねえリリー、ジェームズ、シリウス、会いたいよ。
リーマスも、セブルスもミネルバでさえも。
だれも私たちのことを信じてくれないけれど、
私はシリウスを信じている。
ジェームズ、リリー、
私間違ってないよね。
彼は絶対にあなたたちを裏切ったりするひとじゃない。
絶対に帰ってくる、その言葉と無実を信じて、貴方をずっと待っている。
2010/10/27
もうすぐ命日。
(シリウスが脱獄するのは、それからもうすこしたってから。彼は亡き親友の息子を一目見てから彼女の元へ向かうのです。)