>> 御子を、闇に誘う者



そこは“黒”だった。


上も下も右も左もわからない、一面黒一色な場所に私は立っていた。


いや、立っているのかすらも定かではない。もしかしたら浮いているのかもしれない。もしかしたら仰向けやうつ伏せになっているのかもしれない。もしかしたら落下しているのかもしれない。


とにかく、そこは。

黒く、暗く、果てしなく続く。


闇だった。


そんな空間にいると、私という小さな存在は、この暗闇に呑まれ溶けていき、しまいには消えてしまうのではないか――と錯覚してしまう。


こわい


自分が闇に飲み込まれそうで


いやだ


自分という存在が消えそうで


こわい、いやだ、たすけて、怖いこわい嫌だよ闇がコワイ救けていやだ嫌だ消えたくない恐いイヤタスケテ消さないでこわいコワイ飲み込まないで怖い恐い助けてたすけてお願いだからヤダいやだ怖いよ救けてヤだやだヤダ助けてたすけて救けてタスケテッ――!!!!


そんな、狂ったように叫ぶ声はいとも簡単に暗黒へと吸い込まれていき。


そして、私をも…――




「―――ッひ、ぃ!」


悲鳴に近い声を上げて起き上がった瞬間、少しだけ間が空いた。息を整えながら、ゆっくりとエンジェモン様から与えられた部屋全体を見回した。


「ゆ、め」


そうか、あれは夢だったのか―…胸に手を当ててほっと息をつく。夢だ、あれは夢だったんだ。頭でそう理解しても、未だに心臓はバクバクと脈打っていた。


しかし目覚めるのがいつもよりも早かったようで、外は暗く何処か先程の夢を彷彿させる。

唯一の救いといえば、月明かりがカーテンの隙間から零れていた事だろうか。

悪夢を見たせいか、再び眠る気にはなれなかった私はベッドから下りて、カーテンを開けた。瞬間ぼんやりと明るい月光が、暗かった部屋全体へと射し込む。


三日月に、満天の星空。そしてそれらの光を砂が反射しているのか、砂漠全体もキラキラと輝いていた。


…記憶喪失の私だけれど、こんな美しい風景は今まで一度も見た事がないような気がする。そんな事を考えながら、私は夜が明けるまでずっと窓の外の風景を見つめていた。




【バグラ帝国】


「……やはり、難しいか(残り僅かだったものを、女神め。死しても尚その力は相も変わらずといった所か…)」


全くあの女神の力には驚かされる


「? バグラモン様、今何か…?」
「大した事ではないよ、リリスモン。それよりも例の件はどうなっている」
「はっ、準備は順調そのものですわ。バグラモン様がお望みならば、明日にでも進軍しても良い程…」
「いや、速やかに進軍したいのは山々だが…君の軍は先日の戦で痛手を負っていたからね。明日進軍したとしても、確かな勝算が得られる訳ではない」
「っで、ですが今回の作戦は―ッ」
「リリスモン。…私は確実に“アレ”を手に入れたいのだよ」


――出過ぎた真似は控えておけ。

バグラモンから恐ろしく冷ややかな視線を向けられた瞬間、三元士の一人と謳われるリリスモンの背筋が凍り、彼女は小さく悲鳴を上げた。


「…ッ…は、はい。申し訳ございませんでした…」
「下がれ」
「―…失礼いたします」


…確かに“平行世界から己と同じ資質を持つ者を喚び出す”という事を成し遂げたサンドゾーンの女神の力には、この私でさえ驚かされた。


「――だが、所詮は無駄な悪あがき」


目を細め、彼は嘲り嗤う。


「貴様の愛しき御子…そしてサンドゾーンは、このバグラモンが貰い受けようぞ」


お前は新世界の礎と成るがいい。




next

5/6



しおりを挟む




- ナノ -