「御子様の名を呼ぶとは恐れ多い」
修行を終えて傷だらけとなった俺をひなゆが治療してくれていた時、そんな声が聞こえた。
「…なんだ、急に」 「ってね、言われたの」
その言葉に首を傾げた俺にひなゆは苦笑いをして、それからポツポツと語り始めた。
私がエンジェモン様の進めで薬草を育て始めてからそれなりに日が経ったでしょ?だから、そろそろ私も馴染んできたかな、大丈夫かな?って思って…みんなに“御子様”って、私に対していう呼び方とか敬語とか止めてもらうって出来ないかな?って聞いてみたの。でも、私とデジモン達の壁…っていうのかな。とにかく、それはね私が思っていた以上に厚かったみたい。聞いた途端、顔色がサッと青くなったり、ブンブン首を横に振ったり、色んな反応を返された。で、最終的にはみんな揃ってこういうの“そんな軽々しくも御子様の名を呼ぶとは、私には全くもって恐れ多い事です”って。
「バアルモンやエンジェモン様は普通にひなゆって呼んでくれるのになぁ」
しゅん…とうなだれながらもくるくると俺の腕に包帯を巻いていくひなゆは寂しげな表情を浮かべていた。
…しかし話を聞いて、俺やエンジェモン様と同じようにひなゆの名前を呼ばない、若しくは呼べない皆の気持ちもわからない事もない。
伝説の存在である“ジェネラル”ではないにしろ、ひなゆは本来このデジタルワールドには存在しない“人間”だ。
その上、そんな人間が現れた場所が自分達が信仰する女神像の前となれば、その人間を“御子”や“女神の申し子”と考えてしまうのは自然だろう(もしもあの時目の前にひなゆが現れていなかったら、俺も皆と同じように御子様と呼んでいたと思う)
つまり、ひなゆがいう壁の要因は女神様やひなゆに対しての崇拝心からくるものだろう。
「やっぱり皆と仲良くなるのって無理なのかな…」 「…、俺は無理ではないと思う」
ポツリと独り言のように呟いた言葉が聞こえたのか、ひなゆはきょとんとした表情で俺を見つめていた。
「…うまくはいえないが…その、そんな無理に急がなくてもいいと俺は思う。いくら日が経ったからとはいえ、まだお前の事をよくは知らないデジモンも数多くいる。だからこそ、少しずつでも自身の事や本心を皆に分かってもらえれば自然と心通えるんじゃないか?」
元々口数が少ない方な上に、慣れない事をした為だろうか。途中から一体何を言っているのか自分でもわからなくなった俺は口を閉ざす。一方ひなゆはといえば俺を見つめたまま黙って俺の話を聞いていたので、必然的に俺とひなゆとの間に沈黙が流れる。
「…そっか。うん、そうかもしれない」 「は…、?」 「私急いでたかも。仲良くなりたいっていう気持ちばかりが先走っちゃって、皆の気持ち考えてなかった」
そういってニコリと微笑んだと思えば、ひなゆは俺に抱きついてきた。
そう、抱きついて…
「……ッな、なぁ!!?」 「ありがと、バアルモン。何か気分が楽になった!」
俺は傷が痛むのも忘れてこの状況をどう乗り切るかという事で頭の中が一杯になった。が、 ひなゆのその後の言葉でそれすら考えられなくなってしまった。
「バアルモン大好きっ」 「〜〜〜ッ///」
あぁ、もう本当に止めてくれ。 心臓が痛い。顔が熱い。 本当に恥ずかしさで死ねそうだ。
…というか、何で当の本人は平然としていられるんだ。そう思ったら、なんだか少し…いやかなり悔しくなって、先程の恥ずかしさを紛らわすかように俺はひなゆをギュウッと力一杯抱きしめ返した。
「ぐぇっ」 「Σ…す、すまん」
…こんな声も出せるのか、と新たな一面を垣間見た瞬間だった。
(でも内心、他の皆にひなゆの名を呼んで欲しくない)
(それどころかひなゆ自身を知って欲しくないと思うのは、)
(やはり俺の我が儘だろうか)
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