>> 貴方を、助けたくて



それは私がデジタルワールドに来て、まだ日も浅かった時のことだ。私はバアルモンとエンジェモン様の修行風景を見に行く為に廊下を歩いていた。


「おい、見てみろよ」


ヒソリ


「あれは人間…、ジェネラルか?」
「まさか!違うだろ」


クスクス


「…お前達知らないのか、あの方は“御子”様だ」
「「“御子”様?」」


ザワッ


「ほら、先日女神像の元に現れたという――しかし彼女は“女神様の申し子”ではなかったか」
「いや、私が聞いた話では確か…――」


遠くから見つめてくる目、目、目
遠くから聞こえてくる声、声、声


一度気になりはじめると中々それらからは意識を外せられなくて、我慢出来なくなった私はおずおずとそちらへと眼を向けた。


すると私の視線に気付いたのか、そのデジモン達は慌ててこちらに敬礼し、そのまま去っていった。


「……なんだろ」


壁を作られたみたいで、なんか――


***


「それは“寂しい”のではないか?」
「…自分でもよく、わからないんです」


私が辿り着いた頃には既に修行は終わっていたらしく、バアルモンの姿は見当たらず、ただ一人エンジェモン様が女神様の像に祈りを捧げていた。


それを見て私はその場を去ろうとしたが、ちょうど祈りを捧げ終わったのかエンジェモン様からお誘いを受けてお茶会をする事になった。私はお茶を飲みながら先程の話をしてみると、目の前の人物はただ微笑んでそういった。


「まぁ、ひなゆがここに来て数日経つが、今まで私とバアルモン以外の者達との接点が全く皆無に等しい状況だった訳だ。戦士達が何かと言うのは仕様がない事だが…」


…もしかするとこれは逆に良い機会かもしれないな、と呟く姿に私は頭上にハテナを浮かばせる。


「あの、良い機会ってどういう…」


カチャリと音を発て、カップが置かれる。


「ひなゆ、薬草を育ててみる気はないかい」
「え?」


薬草を、私が?


エンジェモン様からの突然の申し込みに私は思わず目を見開く。


「薬草を育てていれば、自然と戦士達や住人達とも接点を得れると私は思うのだが」
「それは分かりますけど…でも、薬草を使わなくてもデジモンには治療系の術があるんですよね?なのに、どうして…」
「知っての通り、治療系の術を使えば傷は直ぐに治る。が、それは外傷に限っての事であって、病などに関しては必然的に使える術が減ってくる。それに治療系の術を使えば、その使用した分若しくはそれ以上に身の負担がかかるのだ」
「じゃあ、その負担を軽減するのに薬草を使って治療をしているということですか?」
「そうだ。更にこのサンドゾーンは砂漠地帯が多い為薬草は育ちにくく、手に入れるのが難しい」
「だから、育てる必要がある…」


でも、デジタルワールドやデジモンについての知識が浅い私なんかが薬草を育てられるとは到底――そう考えると自然と目線が落ち、うつむいてしまう。


「ひなゆ。やる前から出来ないと決め付けてはいけないよ?」
「!」
「誰だって、何事も最初からうまく出来る訳じゃない。知識も経験も何もない所から始めるんだ。だから失敗してもいい。つまずいてもいい。そのたびに考えて、悩んで。それでも分からなければ訊けばいい。問題は“自分がやりたいかどうか”そして“自分がどうなりたいかどうか”じゃないかな?」
「……」
「……特に、バアルモンはその良い例だろう」


親しい人物の名が挙げられて驚いた私は、目を見開き顔を上げた。


「バアルモンが女神の戦士になりたいと思い、初めて剣を持った時の事はよく覚えているよ。剣捌きは雑で力任せだわ、動きは遅く隙だらけだわ。なのに負けん気が人一倍強くてな、練習試合で負ける度に泣いていたよ」
「…ぷ、かわいい」
「それでもあの子は女神の戦士になる事を諦めなかった。いや、諦めていないと言うべきかな。バアルモンも始めは心も身体も弱かったが、今は強い。しかし、女神の戦士になるのにはまだ時期は早い」
「……」
「バアルモンは女神の戦士になる為にこれからも頑張るだろう。当然、そのたびに怪我をするのは仕様がない事だ」
「……」
「ひなゆ、改めて聞こう。君はこれからどうしたい?」
「………エンジェモン様のいう通り、私は寂しいのかもしれません。多分ゾーンの皆と仲良くなりたいとも思っている」


でも、今の話を聞いて
それ以上に


「それ以上に、バアルモンの手助けをしたい。バアルモンを護りたいと思いました」


エンジェモン様は私の言葉に驚いたのかピクリと一瞬肩を揺らしたが、すぐに微笑んで「そうか…」と答えた。


「はい。今はダメかもしれません、…でも一生懸命頑張ります!なので、やらせてください」


姿勢を正して、私は勢いよく礼をする。しかし、勢いが良過ぎたのか机にゴッと音を発てて激突してしまい、それを見ていたエンジェモン様が吹き出す声が聞こえた。


「ククッ…あぁ、勿論だ」
「あ、ありがとうございますッ…」




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