>> 黄昏時、彼女は想ふ



「あの、私って誰ですか」


これは、私がこのデジタルワールドに降り立って初めて言った言葉だ。


そのあと、持ち物に書かれていたことから自分は“ひなゆ”という名前だということだけはわかった。



しかし、逆を言ってしまえば、それしかわからなかった。



私自身がどんな人物で、どんな日常を過ごしていて、どんなの人生を送っていたのかすら。わからない、覚えていない、思い出せない。


それでも何か小さな事でも思い出そうとすれば、ズキリと鈍い痛みが頭を過る。


すると途端に、痛みが段々と強くなっていき、あまりの痛さに耐えきれなくなった私はボロボロと涙を零した。



そんな私の様子を見て、気を失った私を介抱してくれていた人物―バアルモンは「無理に思い出そうとしなくてもいい」といってくれた。


更にバアルモンの傍にいたエンジェモン様に至っては「行くあてがないだろうから」ということで、私に住む場所を提供してくれた上に記憶を失い何もかもがわからない私に様々な事を教えてくれた。



当然、若しくは必然的に、というべきかもしれないが。



それらは、私が過去を振り返らずに“今”を見つめて、このデジタルワールドで生きていくことを決心する要因となり、そして、―――




「――やっぱり、ここにいたのか。ひなゆ」
「ん、…バアル、モン?…」
「全く、こんな所で寝てると風邪引くぞ」


ぱちりと目を覚ませば、そこには呆れたように私を見つめるバアルモンの姿があった(因みにバアルモンがいう“こんな所”とは、サンドリアの都から少し離れた所にある小さなオアシスのことだ)


「…あれ、修行は?終わったの?」
「まぁな」
「エンジェモン様に勝てた?」
「、…この見事な迄にボロボロな姿を見てもなお、エンジェモン様に勝てたと思うのか?お前は」
「…うーん、序盤はかなり良かったんだけど最後の最後で不意を突かれてフルぼっこされたと見る」
「……」
「(あれ、図星?)」


先程の修行の結果を思い出してか、はたまた図星を突かれたからか(若しくは両方)しょんぼりとうなだれて、私の隣に座り込むバアルモン。ぶつぶつと「あの時、あそこで一歩避けていれば…」と呟いているバアルモンの頭をぽふぽふと軽く撫でた。


「……何も言わないのか?」
「何か言ってほしい?」
「―――いや、」


彼は何も言わずに瞳を閉じて、しばらくの間私に撫でられていた。


「そういえば、さっき夢見たよ」
「夢を、か?」
「うん。どんな夢かは忘れちゃったけど…でも、デジタルワールドに来れて、エンジェモン様や戦士団のデジモン達、バアルモンに出会えて良かったなって思える夢だったような気がする」


そういって私が遠くで真っ赤に染まる夕陽を見つめながら笑みを零せば、バアルモンは少し黙った後に「そうか、」とだけ呟いた。




「(…夕暮れ時で、助かった)」


夕陽が照りつけている為に分かりにくいながらも、バアルモンが顔を真っ赤に染めてそう思っていたことを彼女は知らない。




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