6



足早に通り抜けたせいで、その声は背後からのものとなった。
掛けられた声の持ち主へと振り返る。

「えっ、と?」

覚えのないその顔にほんの少しだけ首を傾げると、目の前の少女は控え目に笑みを零す。
眉を寄せて、少し寂しそうな表情に、きっと何処かで会ったことのある人物だということを理解して、申し訳ない気持ちにぺこりと頭を下げた。
遠慮がちに、どなたですかと問いかけると、再び少女は僅かにふわりと口端をあげる。

「突然ごめんなさい。
以前も話し掛けさせてもらったんだけど、覚えてない…ですよね。」

赤らんだ頬に、潤んだ瞳。
ふと幾日か前に同じ場所で声を掛けてきた少女を思い出して、要は取り繕うように笑った。

「ああ、この前の!」

その言葉にぱああと表情を明るくした少女は、やはり世間一般で見れば可愛いと呼べる具合で、だけど正直、興味は湧かない。
少女が口を開いて、ああ、また連絡先を交換してくれって言うのだろう。

俺には、啓太がいるし。

どう断ろうと思案して、視線をふらりとさ迷わせれば店の窓ガラス越しに働く彼が見えた。
客にでも笑顔振り撒くのに、俺にはちっとも笑ってくれなくなったなぁ、って。
賑やかな店内で、忙しく走り回る啓太と視線が噛み合うことは無い。

ぼんやりとどうしようもなく大好きだった彼を見つめている内に、目の前の少女からは予想していた通りの言葉が洩れる。
そうして予想外だったのは続く自分の台詞だった。

「いいよ、携帯出して。」

この少女を足掛かりにしてでも、啓太を放してやろうと思った。
あたふたと慌てて携帯を取り出す少女に、ごめんね、と心の中だけで呟いて、要はふわりと笑った。
赤外線通信のために互いの携帯を向けあっている間も、考えるのは啓太のこと。

急に呼び出されたかと思えばしゃぶれ、慣らさずに突き入れられたこともあった。
だけど、俺がはっきりと言えるのは、啓太は決して悪い男ではないということだ。
寧ろ彼は、酷く優しい男である。
好きでもない男を振ることもできずに、ずっとこうして付き合ってくれたのだから。

だから、早く、啓太を放してあげなきゃいけない。

窓ガラスの向こうで一度だけ啓太が振り返った気がして、要は慌てて視線を落とすだけだった。
それが果たして自分の思い違いか、はたまた本当に少しでも自分のことを目に留めてくれたのかはわからない。
だけどほんのりと心地よい気持ちと、今自分がしている行動への罪悪感で、要は手っ取り早くアドレスの交換を済ませると、帰路へと急いだ。
そうして玄関の扉を開けて、僅かに足をもつれされながら靴を並べたところポケットから響く軽快なJ-pop。
開いてみれば、先程連絡先を交換したばかりの少女であることが読み取れる。
かわいい顔文字や絵文字が並んだ女の子らしいメールに、思わず微笑ましくなりながら指先を携帯に滑らせる。
返信がすぐにきて、少し口許を綻ばせながら返信をして。
その繰り返しに今まではなかった暖かさがほんのりと心に沁みて、要は胸を撫で下ろした。

これで、啓太を忘れてしまえばいいのだ、と。

prev next



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -