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「ほら、要、舐めて。」
後頭部を緩く掴まれて促される。
早くしなきゃって思うのに、無意識に顔を引いてしまってうまくいかない。
「も、むり…ごめ、」
今まで自分の中に入っていた汚れたそれを目の前に、拒否の言葉を口にすると、ソファに座った男は薄く笑った。
その表情に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「しないの?
もしかして俺の事嫌いになった?」
緩やかに弧を描いた唇から紡がれた言葉に俺は首を横に振った。
どうしてこんな男が好きなんだろうか。
どうしてこんな男だと知ったのに離れられないのだろうか。
そんな自問を繰り返しながら、ゆっくりと目の前のそれに、唇を近付けるのだった。
* * * * * * * * *
「ん…、」
ベッドから鈍い痛みを持った身体を起こす。
ぎしりとだけ、寂しく軋んだベッドに思わず嘲笑した。
午前5時半、隣に啓太はいない。
「はは、」
そんなの分かりきっていることだった。
期待するな、俺。
元々一方的な好意だったろ。
喘ぎ過ぎて、乾いた喉が痛い。
小さく頭を振って、啓太が帰って来る前に、と足早に彼の家を去った。
元々は、俺のちっぽけな片想い。
俺が長く世話になっているバイト先に入ってきた新人、それが啓太だ。
「初めまして、坂上啓太です。
これからどうぞよろしくお願いします!」
一目惚れ、とでもいうのだろうか。
爽やかな笑顔に、胸の辺りがきゅうと縮こまるような感覚。
「よ、よろしく…!」
赤くなってしまった頬を隠すように、バイトの制服であるキャップを深く被ったのは今でも鮮明に覚えている。
それから、シフトが被る度に色んなことを聞いた。
彼が俺の2つ年下の、大学1年生であること。
何処の学校に通ってるのか、兄弟のこと。
「要さんって、なんか可愛いよね。」
「は…、は!?
なに言ってんだお前!
頭おかしいぞ絶対…っ」
たまに見せる、啓太のずるい笑顔が、堪らない。
男相手に思わせぶりも何もないのだろうが、その甘い笑顔に毎度ときめかされる俺。
男を好きになったのなんか初めてだったけど、どうしようもなく啓太が好きだった。
そして、啓太がバイトに入ってから1年程経ったある日、俺はついに言ってしまう、好きです、と。
啓太からの言葉を待ち、ぎゅっと目を瞑る。
「…は?」
「……っ、」
「要さん、男のくせに俺が好きなの?
気持ち悪いんだけど。」
祈るように目を閉じた俺に返ってきたのは、冷たい言葉と蔑むような視線だった。
ああ、やっぱりそうだよなあ。
これからのバイト気まずすぎて泣きそうだ。
とりあえず繕わないと。
「…っ悪い、聞かなかったことに、」
「俺のこと、ほんとに好き?」
遮るように紡がれた言葉に、逸らしていた視線を啓太に向けた。
先ほどとは違い、うすら笑みを浮かべた掴めない表情。
どうなのだと目だけで促されて俺は小さく拳を握った。
「好きだ…!」
「ふーん。
じゃ、要さん俺のためになんでも出来る?」
くっ、と更に上がった口端。
なん、でも…?
なんでもってなんだろう。
どうすればいいかわからずに、戸惑いながらも頷くと啓太はいつもの爽やかな笑顔を見せた。
「じゃ、付き合ってあげる。」
俺のこと、好き?
そんな啓太の言葉が、これからずっと俺を絡め取るなんて知らずに、釣られて俺も笑った。
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