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要と、目が合わない。
閉店前、最後の客を送り出して空っぽの店内に偶然にも遅番が被った要と啓太がふたりきり。
バイト歴が長く信用があるのだろう。
要が遅番の日にはほんの少し早く帰れるという小さな喜びに顔を綻ばせながら店を後にしていく正社員が目立つ。
本日も例によって例の如く。
こうして二人きりの状況が出来上がってしまったというわけだ。

「…要。
今日家来る、よね?」

たまには、と気紛れに。
セックスをしている最中のような甘い声色で。
敬称をつけることなく、まるで本当の恋人がするように確認を取ってみたら、水回りのチェックをしていた要がほんの少し啓太に視線をやる。
それでも視線は僅かに下に逸れていて、目が合うことはなかった。

「…今日は、行けない。」

ぽつり、と返ってきた声に啓太は眉を潜める。

今日もだろ、とは言えなかった。

自分のことを好きなはずの要が、最近は全く家に来る気配なく、以前のように尽くす気配もない。
話は終わりだと言わんばかりに一つ大きな物音を立てて、要は戸締まりのチェックを始めたようで、啓太は歯を噛んだ。
素っ気ない態度のように見えるが、要にとっては精一杯の一歩で、本当は甘く優しい囁きについ付いていってしまいそうになるのを必死に耐えているわけで。

「啓太、早く終わらせて帰ろう。
トイレのチェックしてきてくれる?」

「…はい、」

ほんの少し。
今までのように意地悪く俺のことを好きかと問おうか思案して、やめた。
今選択肢を与えれば、すぐにでも要が目の前から姿を消してしまいそうだと直感したのだ。
言われた通りにトイレへ向かいながら頭をがしがしと乱暴に掻く。

「あー、なにやってんだか。」

この時を待っていたはずだった。
そもそも俺は男なんて好きになるわけなくて、あくまで付き合ってやっているんだ。
男と付き合うだなんて、真っ平ごめんだっただろ。

ずっと待っていたはずなのに、漸く悪いオトコをやめられるチャンスなのに。

僅かに開いた口からはため息のようなそれが言葉にならずに消えていくだけであった。
トイレの個室の中を軽く清掃して、最後のチェック欄に名前を書こうとペンを握ってぴたりと動きを止める。
昼間の入り時間からひたすらに続く要のサイン。

名前を見るだけでなんだかこう、胸の奥がむかむかするような、イライラするような。

指先でそっとなぞって、序でにその内の一つに爪を立てて。
くしゃ、と小気味のいい音と共に要の名前を裂くように穴が開いて、その音に我に返り頭を振った。

「ー、」

丁度ひとつ。
ゆったりとした動作で最後の欄にサインを書き終えてすぐに、店内から声が聞こえた気がして手早くペンを仕舞う。
多分、トイレに長居してしまっている自分を訝しんで声を掛けているのだろうと簡単に消灯を確認して、店内へと急いだ。
特に理由はなく、それでもなんとなく足早に。

「かな…、」

見えた薄い肩に手を掛けようとして、そこで啓太の動きは止まった。
要の視線の、先。

「…要?」

最近はなかなか見かけることの無くなった要の笑顔の先には、何度か見かけた赤い頬が印象的な少女が、ショーウィンドウの向こう側に身を置いていた。
壁にもたれ掛かり、短いスカートを風に揺らめかせながら、まるで。
まるで誰かを待つように。

爪が掌に食い込んで、嫌な音を立てた気がした。

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