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「男だから、ってさ。どこまでバカにすんの。」

「バカにしてなんか…」

「俺が!、」

大きな声にまた身体が震える。他に一つの物音もしなかった。

「俺がお前のこと、そういう意味で好きなの、わかってんだよな?」

自らを嘲るように、目の前の唇が僅かに弧を描いた。渇いたその笑顔が痛々しくて、涼をこんなに傷付けたのは自分なのだと思うと、ひよりはもう、爪をてのひらに立てることしかできなかった。
涼から、そういった意味合いで好きだと告げられたのは初めてのことだった。けれど、すぐに馴染む。なんの違和感もない。いつだって涼は優しくて、ひよりのことを一番に考えてくれていて、だからこれが恋情だったと、そう言われてしまえばもう、そうだとしか思えなかった。すこしも気が付いていなかったといえば、嘘になる。

「泣きそうな顔してる。やっぱわかってたんじゃん」

そっちこそ。そう言いたかったけれど、声にはならなかった。今、たった一つでも言葉を零せば涙も一緒に溢れてきてしまうだろう。涼が堪えているのに、自分が泣いてどうする。なにも言えないかわりに、唇を噛み締めたまま涼をまっすぐに見据えた。ごめん。そう伝わることを、必死に願う。ふ、と涼の表情から力が抜けた。眉を下げて、今度は困ったように笑う。

「…駅着いてさ、全然知らない駅だからふらふらしてたら、お前のめずらしーい大声聞こえんだもん」

そっと手が伸びる。

「普段、俺のことへらへらと躱して、ぜんぜん本心言わないのに、那智坂になら怒鳴れるのかってさ、ちょっと腹立った」

ごめんと最後に添えるから、ひよりは開けない唇のかわりに精一杯首を横に振った。堪えた涙の膜が、今にも崩れそうだ。伸ばされた手のひらは、漸くひよりの髪に届いて、そのまま二度、ぽんぽんと柔く叩かれる。撫でられたのかもしれない。曖昧なラインのその手のひらを享受したあと、離れていったそれは完全に下された後、きつく握りこぶしになった。

「ごめん嘘ついた。ちょっとじゃなくて、かなり!だから、気持ちの整理つくまでひよりとは連めない」

頭を低くして、涼が言う。

さっきから謝られてばかりだ。おれがずるいのが、いけないのに。

折角我慢していたのに、思わずやだといい掛けたせいで涙がぼろりと落ちた。零れてしまったなら、もう一言も二言も変わらないと、やっとの思いで紡いだ彼の名前。答えるように涼は首を振った。

「さっきの、聞かなかったことにして。落ち着いたら、もっかい言わせろ。結果わかりきってても、今のじゃ格好つかないし」

これが涼の考えた、最善の選択だった。ひよりと大河の逢瀬を見たばかりでは、どうにも平常心で向き合える気がしなくて、だから少し時間を置いて、それから友達に戻りたかったのだ。願わくばそのときは今度こそ、一番近くで支えてやれればいいと。いや、本心は。本心こそは、もっと欲深く、そうして残酷な想いがあるのだが。そう思いながらほんの少し後ろ髪を引かれる思いで、じゃあと告げた。

ぼろぼろとひよりの瞳から零れる涙は、今日だけは、見ないふりで。

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