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ずっと聞こうと思ってたんだ。
震える声で、涼はそう言った。

* * * * *

結局その指先をつよく引き止めることはできなかった。ごめんねと笑ったひよりの困り果てた眉尻に、手を離すほかなかった。それでもたった一度、行かないでくれと。そう言えたことが胸をじわりとあまく食む。許してもらえないと、謝る権利などないとそう自分に言い聞かせながら、ただこの一言が伝えたかったのだとしっくりきた。一度言葉にできたのなら、きっと次だって。
ひとりきりになった公園のブランコに腰掛けて、大河はほんの僅かに頬を緩ませたのだった。


*

慌ててひよりが追い掛けた背中は、暫くするとすぐに夜闇に溶けてしまった。ない姿を探しても仕方がないと、曲がり角をみっつよっつ過ぎた後、立ち止まって電話を掛ける。もちろん涼にだ。通話ボタンを押してすぐ、微かに着信音が聞こえてあたりを見回した。目を凝らすと、すぐ近くにあった駐車場の脇、人影が見えた。まっくろのコンクリートを蹴る。

「…追い掛けてこなかったら、どうしようかと思った」

からりと笑うその表情が、見慣れているいつもと同じ笑顔なのが、すこしこわかった。

「りょー、ちゃん?えっと、なんで、ここに…」

「…お前に聞きたいことあって、戻ってきた。駅着いてから、相垣さんち家どこか聞いたらいいかと思って」

「聞きたいことって?」

涼が首を横に振る。

「もう、いい。わかったから」

「えっ…?」

ぶぉん、と原付が横切った。耳に痛い音がしたのは一瞬だけでまた静かになって、一度とっさに道路を見たひよりは慌てて涼に視線を戻す。先にある表情は、もういいとも、わかったとも言っていないような気がした。
触れて欲しくないところには触れない、それがふたりの暗黙の了解で、優しさだった。涼がもういいと言っている以上、触れないのが常だった。とまってくれ、そう願うのに、唇は開く。

「やだよ、教えてよ」

涼が強く目蓋をとじて、それからひよりを見つめる。冷たい目だった。もごもごと口を動かして、意を決したように目の前の涼が口を開く。

「ひよりさ、那智坂と付き合ってるわけ?」

「…んーと、え?」

思わず聞き返して、それからすぐに首を振る。付き合ってないとそう伝えた。大体おれは男だよとそう添える。否定するつもりでそういったのに、涼の目はいっそう真っ暗に沈んでいって、思わず手を伸ばしたら、弾かれた。

「じゃあ、お前は付き合ってもない男とキスするってことでいいの」

こうして冒頭、ずっと聞こうと思ってたんだよ、と。その台詞に繋がるのだ。

頭からつま先まですうと冷える感じがした。覚えていないわけがない。一度は突然に、二度目は雰囲気に飲まれて。涼の言う通り、確かにひよりは大河とキスをしたのだ。一度目はそんな気がなかったにせよ、二度目は振り切ることだってできたのに。

「あれは、そんなんじゃ…」

緩く否定をするひよりに、くく、と涼が喉の奥で笑う。

「やっぱほんとなんだな」

「りょーちゃん、怒ってる…の、?」

途端に涼の表情が消えた。ふっと、なにも読み取れない顔をした。

「俺、ばかみたいじゃん。ひっでーあいつらから守ってやろうと思って必死にお前慰めてさ。なのにお前はその間にやることやってたって?」

なにも、言えない。
涼にこうして責められたのは指折数える必要もないくらいに数少なくて、歯がガチガチと震えて音を立てる。こんなに情のない声で言葉を投げられたのはいつぶりだろう。

「付き合ってないならなに、那智坂のこと好きなの」

「だから、そんなんじゃないよ…それに男、っ!」

男同士だっていってるじゃん。そう続けたかった声は喉の奥に引っ込んだ。
ガシャンと涼がフェンスを蹴り上げて、その音に思わず肩を竦めたのだ。こわい。なにを言えば正解なのかがわからない。自分が涼を此処まで追い詰めた。それだけが、たったひとつ理解できたことだった。

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