15
砂が蹴り上げられて、暗闇の中に白い砂埃を立てる。ざっざっと音を立ててすぐに追いかけてきた大河は隣のブランコに足を掛けた。今度こそ悲鳴をあげるチェーンに少しだけ心配になる。お互いにずっと無言で、ただただ大河が風を切る音だけが耳に届く。五分もしないうちに大河はぴょんと飛んだ。柵の向こう側にやすやすと着地して、残されたブランコだけが不安定に大きく揺れる。不規則に揺れるブランコについ頭を下げると、慌てたように大河は柵を飛び越えて戻って、チェーンに取り付けられた木の板を掴んだ。
「わりぃ」
「んーん、当たってないし大丈夫だよー」
とっくに食べ終わったらしい昔ながらのアイスの透明なパッケージは、手のひらにくしゃりと握られていた。
「…ごめん」
「大丈夫だって、」
「いや、さっきのじゃ、なくて。全部」
ぜんぶ。それは一体なにを指しているのだろうか。なにが、そのごめんに含まれているのだろうか。
目の前に立った大河に指を掬われた。
「あの時、指傷だらけにしたお前が泣いて出てった時。正直、カップが割れただけでなんで泣いてんだって思っちまった」
これにはひよりも、思わず首を振りたくなった。だけど今更なにを言ってもどうにもならないなんて思って、爪先をてのひらに沈めて黙り込む。こうやって最初から諦めるのは、悪い癖だと。そうついさっき教わったばかりなのに、培ってきた精神は、どうもすぐには変わってくれないらしい。
「でも、違ったんだよな、多分。なぁ、」
あの時、なんで泣いたんだ。
そう、続いた。
大河の手の中にあるパッケージから、底に残っていたアイスが溶けて、ぼたりと足元へ落ちる。数時間もすれば、きっとありの行列が出来上がることだろう。手の力をゆっくりと抜くと、深い深い爪痕が、外気に触れてすこしぴりりとした。意を決して息を吸い込む。
「ううん、あってるよ。おれはねぇ、カップが壊れたのが悲しくて泣いたんだもん。そんなことだなんて言わないでよ。だってあれは、お揃いだったじゃん」
「お揃い…って、んなのまた買えばよかった話じゃ」
「カップが壊れたとき、まるでおれたちみたいだなぁって、そう思っちゃったんだよね。ああ、もう用無しだなあって」
掬われた指先が投げ捨てられるように離されて、そのまま勢いよく肩を掴まれた。少し痛むほどに、大河の両の手には力が入っている。街灯の僅かな光で表情を窺えば、悲痛に顔を歪めているのが見て取れた。
「そんなこと…!!」
「どう言われようと、自分でそう思ったの!」
思いきり叫んだ。近くの住宅から、誰か顔を出すんじゃないかと思うくらいに、思いきり。ひよりの珍しい大声に怯んだのか、掴んだばかりの肩から手を離して、大河が後退る。
「…かいちょーのことも、みんなのこともむかついたよ。でも、遊ちゃんのことを好きになれない自分がいちばん、やだった」
ずっと喉の奥でつっかえていた言葉を漸く、言いたかった張本人に伝えることができた。緊張で手のひらは汗に濡れていたし、多分、こわかったのだろう。目にはうっすらと涙の膜が張っていた。溢れる前に手の甲で拭き取る。そうして一瞬、自分で自分を目隠ししてしまったのだ。だからぐいと引き寄せられるまで、何が起きたのかわからなかった。気付いた時には大河の顔がすぐにそばにあって、鼻を啜れば大河のにおいがした。
「…そんな風に思わせて、悪かった」
ブランコに座る男を抱きしめる膝立ちの男。なんと恐ろしい絵なのだろう。汚れちゃうよと声を掛けたが、全く気にしていないみたいだった。
「あは、なんでかいちょーが謝るの。おれが遊ちゃんを受け入れられたなら、なんにも起き、」
「…ひよ?」
目を、見開いた。
大河の肩越しに見える公園の出入り口、こちらを見る涼の姿が見えたのだ。出入り口には街灯がふたつも設置されているので、はっきりと姿が見て取れた。その表情までもがはっきりと。目があった瞬間、傷付いた様な表情はいっそう色を濃くして、そのまま弾かれたように踵を返した。
追わなきゃ。咄嗟にそう思う。
大河を押し退けて立ち上がって、駆け出すその間にまた、指先が捕らわれる。勿論ここにいるのはおれ以外、大河しかいない。
「はなして、涼ちゃんが…」
「行かないでくれ」
その言葉の衝撃に、肩が震える。それは今までずっといつでも、ひよりが一番に欲していた言葉だった。泣き出したいくらいに嬉しくて、すぐにでも縋りたかった。もう傷付くのはいやだと思っていたのに、いざ求められてしまうともう、細かいことはどうでもよくなってしまいそうだった。それでも、
「かいちょー、ごめんね」
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