13



珍しい組み合わせのまま、幾らか世間話をして、途中ちらりと掛け時計を見上げた大河に隼人が目敏く声をかけた。

「おねむ?」

「おねむってあんた…いや、うん。でもそろそろ帰ります」

もう窓の外はすっかりくろいろに近い色をしている。四角くふちどられたアルミの中のキャンバスにはもう随分と星が瞬いていて、隼人もうんと首を縦に振った。

「気ぃ付けて帰りや」

「はは、ご心配なく」

ワンフロア降りるだけの帰路をそう揶揄して、笑ってみせると大河も小さく笑った。結局書類仕事を手伝うこともなく、そんな風に和やかに彼の背中を見送って、彼に出したコーヒーのカップを覗けばもうすっかりからっぽだった。
溶け残った砂糖がざらりと底に見えてちょっとだけ呆れた。手に取る前にふと視線を床にやって、そこで気が付いたのだ。

「あいつ書類忘れとうやん…」

丸ごとばさりと置かれた紙の束。立ち上がる時に、足先に当たることもなかったのだろうきっちりと揃えられたままで、慌てて持ち上げて玄関に向かった。出たのはほんの二十秒前。運が良ければまだエレベーターを待っているかもしれない。
がちゃりとドアを開いて顔を覗かせれば、すでに閉じたエレベーターの上、フロアを示すランプが一つかわったところだった。
遅かったかと一つため息をついて、咄嗟に足元にひっかけたんサンダルを引きずり下へ行くボタンを押す。そこでやっと気が付いた。

「…?あいつどこ行く気や」

隼人の住むフロアは前期の生徒会しかいない。いずみが留学中の今、彼がこの部屋に帰ることもなく実質使うのは三人だ。たった三人。エレベーターがこの階に上がってくることも少ない。
つまりは今エレベーターに乗っているのはついさっきうちを出た大河である可能性が殆どなのだ。なのにエレベーターは、一つ下の階で止まった様子なく、するりとその数を低くしていった。
ランプが漸く止まったのは、一階である。
普通なら、コンビニにでも行くのかとそう考えるところだ。だけどなんとなく、胸騒ぎがした。そもそももう一時間もすれば日付のかわるところで、寮を出ることさえ申請が難しい。コンビニに行くためにわざわざ、面倒な手続きをするだろうか。


「…やばい、煽った気ぃしかせん」

隼人は部屋に戻ってすぐに、スマホを手に取ったのだった。


* * *


「いやいやお前、さすがにこっちに来るってことはないだろ」

大体羽原がおれんちに来てることだって知らないわけだし。そう付け足したいずみに、ちゃうねんと返した隼人は呆れた声で吐き出した。

「さっき言うてもたねんやん…」

電話が繋がったのは、はじめに掛け始めてから35分も過ぎたときだった。回数にして、9回。二桁に乗らなかっただけまだましだ。勿論大河にも電話を掛けたが、電話口で書類を忘れている旨を伝えたら、部屋のポストに突っ込んどいてくださいと言われてそれきりだった。どこに行くのか聞いた後は、はぐらかされて電話に出てくれることもない。ひよりに知らせるのはなんとなくまずい気がして、結果いずみに連絡をしたのだ。
がしがしと水の滴る髪をタオルで拭いながら、いずみが笑う。

「いや、コンビニだって絶対。あ、パンツ履くからちょっと離すな」

「も〜、ほんま他人事やなお前…つーかすっぽんぽんかよ」

「え、なんて?」

もういいと返して、それでも少しだけほっとする。いずみが大丈夫だと笑うなら、なんとなく大丈夫な気がしてくる。今日はもうなにもないと信じて寝てしまおう。そう思って電話の向こうのいずみに伝えようとした途端に、受話器越し、微かに、本当に小さく聞こえたがちゃんという音。続くいずみの声。

「おい隼人、今、玄関から音した気ぃする」

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