6



おれの好きになる人はとても強い人間だ。恋愛感情を抜きにして、男も女もひっくるめて、みんな強い人間だと、そう思う。自分を傷付けた友人たちを背に隠して、もっと傷だらけになって、それでもずっと笑顔でいる彼や、おれたちが触れることを恐れてしまったその傷に、嫌がられるのを覚悟でしみる消毒液を手に近付く彼。
信頼していた友人たちに付けられた傷ほど痛いものはないのに、早く癒してあげなければと強く思うのに、ひよりの静かな拒否に、どうしても指先を引っ込めてしまう。
いずみの消えていった人ごみを見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。ないものねだり。強い人間にあこがれて、ここでこうやって隠れるように身体を縮こませているおれは、きっと弱者だ。

「なんとかせな、あかんねんけどなぁ。」



「なにをだ。」

「うわっ、かずたんやん。空気よんで〜」

さびしい独り言を聞かれていた隼人はバツ悪そうに間延びた声を返す。隣に座られると困るので、ほんのすこし足を開いて腰を掛け直した。いずみは小柄だからよかったものの、進藤と隣合わせに腰掛けるようなことになれば、他所からも見ていられないとを冷たい視線を浴びるだろう。
そんな意図を察したのか、もとより座る気などなかったのか、進藤は隼人の座る段差のすぐ横の真白い壁に背を預けた。

「久しぶりに会うとはいえ、やっぱりキツいものか?」

クツクツとからかうように笑いながら聞かれて、嫌なネタを進藤に渡してしまったものだと隼人は項垂れる他ない。

「キツくはないけどやなぁ…いや、やっぱりなんていうかこう、真っ直ぐな強さ?みたいなもん見せつけられて、ちょっと落ち込んだかな。」

おれには出来へん。そう付け加えると、進藤の笑いはぴたりと止まった。言葉を待ってそちらに目をやれば、先程の珍しい楽しげな顔はどこへやら。じっとタイルを見つめている進藤の姿がある。

「…同感、だな。」

そっか。と呟いてから暫くお互いなにも言わなくなって、だから余計にそれに目が止まった。

「えらいかいらしいパン持っとんな?」

「ああ、これか。羽原が配り歩いていたぞ。」

かめをかたどったそのパンをほんの少しだけ持ち上げて、進藤が答える。そういえばさっき、自分もひよりからパンを貰って食べたことを思い出した。どうりで似合わないはずだ。心の中でそう呟いてにやりと笑みを浮かべると、今度は進藤がむっと顔を顰める番だった。

「なにを笑ってる。」

「いや、あれやん。かずたんもまるくなったなぁ、って。」

「…おれがもし、人の話をなにも聞かない堅物のままだったら、今頃は生徒会も解散してただろうな。」

ぼそりと、進藤が吐く。
ああ、そうか。ひよりがいなければきっと、進藤は時折やわらかく微笑むことだってなくて、きっとルールに沿わない彼らをすぐにでも摘発していただろう。こんなところでも彼らは、ひよりに守られているのだ。

「あいつらはさぁ、ひより見てこう、胸痛んだりとかせんのかなぁ。」

「…痛んでいるなら、毎日でも羽原に謝るのが筋じゃあないのか。」

うーん、と指先を組んで、高い天井を見上げる。魚の環境に合わせてか、そうあかるくない照明のおかげで目がくらむことはなかった。

「こんなんでもおれ、元生徒会やねん。ひよりだけやなくて、みんな可愛い後輩やねんよな。
だからおれ、あいつらがまったく気付いてないなんて、思いたくないねん。」

サボってばっかやったけど。そう笑ったけど、いつものように戯けてひよたん、なんて呼ばないあたり、本気で大事な話しているのがわかる。
ひよりを守ることに徹していたが、なにか、見落としているような気がしたのだ。それは進藤も隼人も同じで。いずみを見て、自分の意気地なしっぷりに心底呆れた。

「なあ、進藤。おれさ、ちょっとだけあいつらと話してみようと思うんやけど、ええかな?」

それはたしかな決心だった。進藤はちらりと隼人を見て、それからすぐに目線を逸らした。一度その目を見れば十分だった。

「お前に名字で呼ばれるのは、随分と久しぶりだな。」

あえて答える必要はない。そう判断した進藤がうすく笑む。遠くからイルカショーの時間ですよとひよりと涼、それにいずみが連れだって走ってくるのが見えて、進藤は隼人に手を差し伸ばした。はたと目を瞬かせて、それからにっと笑った隼人がぐいと勢い良くその手をつかむ。

「始まっちゃいますよー…っ早くいきましょお」

もう他のみんなは入場してます、と目をきらきらさせて言うひよりに、ふたりそろって笑顔を返した。

prev next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -