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「ちょ、ちょい待ってぇな。」

「なんですか、隼人先輩。」

夏休みに入って早々、ワントーン髪色を上げた隼人がぴたりと足を止める。
ひよりがゆっくりと視線を向ければその顔にはありありと戸惑いが見て取れた。
固まったまま動かなくなってしまった隼人にゆっくりと人影が近付いてーー…

ぺしん。

情けない音だった。

「お前なんでここにおるねん!」

弾かれたように隼人が飛び退けば、音を立てた張本人はケラケラと笑う。
隼人の頭にチョップを下ろした右手の人差し指だけを立てて、そうして笑うのをすぐに、やめた。

「今日はお前におせっきょーがあってここに来た!」

デデーン、とそんな効果音を付けるのが適切だろうか。
不敵な表情を浮かべて、隼人を思い切り指差す。
隼人は珍しくもまだ戸惑ったまま、間抜けな表情を晒したままになっていた。

つーか、俺が来たら悪いっていうのかよ?

ふんっと鼻を鳴らした男に痺れを切らして、ひよりが駆け寄る。

「かいちょーさん、入場ゲートあっち!早く〜!」


* * *


気が変わらない内にと、夏休みに入ってすぐに決行された水族館行き。
隼人が指定された待ち合わせ場所へ向かえば、ひよりと、涼と、そのクラスメイトたち何人かと、進藤と。もう一人、見知った顔。
名を相垣いずみ。前生徒会長の姿があった。





「せっきょーって、なんやねん。」

水族館に入ってすぐ、大きな水槽の手前で足を止めてはしゃぎ始めたひよりたちを横目に見ながら、隣のいずみに問い掛けた。低い声。
それは問い掛けというよりも、ただの不満のように聞こえる。

「今は楽しむときだろ!
おせっきょーは後だよ、後!」

愉快犯のような物言いは、会わなくなってからまるで変わっていない。

ひより達後輩から見れば、優しく、いつも明るく笑っている気さくな元会長。
その実態はただ、楽しいことは実行する。友達は大切にする。そんな二点だけをひたすらにモットーに生きる愉快犯なのである。
少なくとも隼人には、そうとしか見えていない。
げんなりとしている隼人に、追い打ちをかけるように進藤が近付いた。

「久しぶりに飼い主とのご対面の感想はどうだ?」

「…こいつ呼んだんお前ちゃうやろな……?」

質問には答えず、じとりと睨み付ける。
クスクスと学校ではあまり見せない軽い笑いを零して、進藤は首を振った。

「羽原が呼んだのだと聞いているが。」

「うん、そう。羽原。」

いずみがうんうんと頷いている。

ひよたんのアホ〜…、と恨めしげに視線を送った先には、涼やクラスメイトに囲まれて楽しそうに笑うひよりの姿があって、ここは大人しく泣き寝入りするしかなさそうだ、と。
隼人は似合わないしょぼくれた顔をして、ため息を吐き出す他無かった。

「つか、飼い主てなんやねん。
おれ一匹オオカミやっちゅうねん。」

それでもやっぱり収まらないものがあるのが、ブツブツと呟きながらひよりの方へ向かう隼人の背中を、進藤と元会長。二人で笑う。

「元気そうだな、進藤!」

「お前の方こそ。向こうはどうだ?
引き継ぎの後、すぐに向かったと聞いたが。」

「それがさ!親父ひでーの!
みんなにバイバイさえ言わせてくれなくてさ〜」

「式が終わったらもう居なくて驚いたぞ。確か最初から…」

進藤せんぱーい!!かいちょーさーん!、と。
弾む話の途中、ひよりの楽しげな声が二人を揃って視線を向ける。
亀やひとでの形をした愛らしいパンをトレイいっぱいに乗せて、ブンブンと手を振るひよりの姿に思わずどちらからともなく和やかな笑い声が上がった。

「羽原、お前随分と明るくなったな!」

歩み寄ってぐしゃりと髪を撫でる。柔らかく指先が沈んで、そのままガシガシと乱暴に撫でた。

「はぁい。毎日楽しいからですからねぇ。」

「それはいいことだ!」

ひよりのトレイの上に、ポケットから取り出した千円札を置く。くしゃくしゃと少し傷んだそれと引き換えに、ひとつ、イルカを模ったパンを取り上げて、もごっとくわえた。

「えっ千円も!えっとじゃあ、カニのと、このペンギンのも食べてくださいねえ。」

あたふたと指差すひよりの頭から手を離して、口に咥えたままのパンをもごもご揺らしながら、いずみが笑う。
漸く口を塞いでいたパン手で持って、ひよりからふらりと離れたいずみが首を傾げた。
うーん、うーん。と一人で唸り、そうして小さく声をもらす。

「からげんき。」

これはやはり、おせっきょーが必要だなあと肩を竦めた。

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