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(最後の最後だから、隣で寝かせて、ね?)

汗がじとりと身体を濡らして、それでも身体の奥は尋常じゃない程の寒さに震えていて。
流れたそばから汗が冷えてほらまた、悪循環。
それなのにどうしてだろう。
聞き慣れた柔らかく、ゆったりとした声が直ぐ其処にある気がして、ほんの少し。
ほんの少し、身体が、心が。
暖かくなるような気がしたのだ。

ーそれはまるで、陽溜まりのようだった。


「…ん、」

覚醒してきた意識に、ゆっくりとした動作で身を起こせばはらりと額から濡れたタオルが落ちた。
ふらふらと視線を揺らせて、数秒。
漸く此処が何処だか認識した。
最近はめっきり使われることの無くなったシンクに、4つ向かい合わせたデスクと、自分が転がっているソファ。

遊を保健室に置いて、それから直ぐに気分が悪くなって近くの教室の床で寝そべったことまではっきり覚えている。
朝から調子が悪いのも、自分で気が付いていた。

けれど何故、一階にある保健室の直ぐ側の教室で身体を休めていた自分が、最上階にある生徒会室で寝ているのかだけがわからない大河は首を傾げた。

顧問か?
いいや、なにも事情を知らない教師が倒れている俺を見つけたとするのならば、きっとすぐ側の保健室に運ぶだろう。
じゃあ、誰が。

僅かに耳に残る柔らかい声の持ち主を思い出して、何秒も経たない内に首を振った。

「どーお、でもいい、か。」

気怠げに言葉を区切って、再びソファに体を沈める。
上物の皮がほんの少し音を立てて、正装の時に着用が義務付けられている襟元のリボンがその白にはらりと垂れた。
後悔があるとすれば、それは。

「また、泣きそうな顔してた、な。」

壇上で見たひよりの表情はもう見たくないとひたすらに思っていたままの表情で。
これ以上苦しめるわけにはいかないと願って動いた筈なのにそれなのに、嗚呼。
一度欠けてしまった歯車は、転げ落ちてその身を砕いてしまったのだろう。

渇いた笑いが喉から洩れて、それさえも体調を崩している身体にはつらかった。
水分だけでも摂ろうと視線を巡らせたシンクの隣には、一つだけ欠落してしまった色違いのティーカップが、今も再び使われるのを待つように大人しく並んでいる。

痛い、痛い痛い。
渇いた喉だけじゃない。
立ち上がり未だふらりとぐらつく足取りで引き寄せられるように、一つ離れた場所に置かれた歪なティーカップに指先を滑らせれば、その軽い衝撃だけでからんと取っ手が崩れた。
繕えば繕うほどに、同じ分だけひび割れて崩れ落ちていく。
意図も簡単にまた欠けてしまった陶器と、指先に滲む血。
指先をぼんやりと眺めて一拍、元の形を無くしてシンクに転がったティーカップを握り締めて、何度も掌を傷付けて、掻き抱いて。
それでも腕の中におさまらないそれに未だ肌を切り裂かれながら、ほんの少しだけーー

ぽたりと赤くはない水滴が血と混ざりシンクへ流れていった。

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