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ずり、ずり、と自分より大きな男を引き摺って、塵一つ無いほど綺麗に磨かれた廊下を進む。
隣の保健室へ行けば、労力も掛からないはずだ。
一歩、また一歩と足を踏み出しながら、何度もその考えを頭に過らせては首を振った。

「はぁ、」

幸い今この時間なら、生徒たちはまだ講堂だろう。
この不審極まりない状態を、誰かに見咎められることはない。

さっきやり過ごしたまこや杏里は除いて、だけど。

と、ひよりは本日何度目かの苦笑いを溢して、それでも振り返ることはせずに永遠にも長く見える階段をぐっと踏み込んだ。
背中に掛かる重みに顔をしかめて、静かな校舎を少しずつ進む。
そうして漸く見えた生徒会室行きのエレベーターにほうと溜め息を洩らした。

「っと、でも俺今日で引退なんだよねぇ。
入っちゃってもいいのかな。」

此処まで来たものの、どうしたものかと視線をふらふらと彷徨わせて、一つ頷く。

まだ、このエレベーターのキーカードは俺の財布にも入ったままだ。
今日だけならきっと、だいじょうぶ。

相談しようにも背中にもたれ掛かる大河は瀕死で、ひよりは仕方なく一人でそう結論付けて慣れた手付きでキーを通した。
生徒会専用のフロアとこの階を繋ぐだけのエレベーターは、直ぐに動作を開始してひよりたちを迎え入れる。
ウィーン、と僅かな音を立てて上昇を始めた四角い箱の中で、ひよりは溜め息を吐いた。
背負っているせいで、首筋に当たる息が温い。
むず痒くてほんの少し身を揺らせば、チンと可愛らしい音を立ててエレベーターが目的の階へ着いたようだった。
先程も使ったカードキーで今度は戸惑うことなく生徒会室の扉も開けて、ソファへと大きな荷物を下ろす。

「ふは…っ」

「…ぅ、」

限界まで力を入れていた身体に思わず息を吐く。
漸く力を抜けば、ソファに放り投げられた形になった大河は小さく呻き声を上げていた。

「あっ、ごめん…」

多分、意識の無い彼に咄嗟に謝って、自分のデスク。
いや、自分のデスクだったものに駆け寄って、引き出しを開ける。

遊ちゃんに、あげたデスク。

中には未だひよりの私物であった小さな救急箱が寂しくそこに身を置いていた。

「とりあえず薬はー、っと!」

市販の薬を取り出して、冷えピタは備え付けれた小さな冷蔵庫から。
寒いのか身体を掻き抱く大河にてきぱきと薬をくわえさせて、そのまま水で流し込む。
意識が朦朧としているせいでなかなか飲み込んでくれなくて手間取ったが、暫く挑戦しているうちにゴクンと喉仏が動いたのがわかった。

「はー、」

これであとは冷えピタ貼ってタオルケットかなにか掛けておわり、だけど。
自分の勝手で生徒会室へ連れてきてしまった手前、此処に置いていくのはまずいかなぁ、って。

誰を呼ぼうか。
杏里や誠を呼ぶだけ呼んで、すぐに逃げ出そうかと暫く思案しているうちに、隣に感じる熱が強くなった。
薬を飲ませることに躍起になって、大河の横に腰を落ち着けていたせいで、いつの間にか大河の両腕は、ひよりの腰へと回っていたのである。

「んー、どしよ。」

腕からは苦しい震えが伝わってきて、振り払うのは少し躊躇われた。
風邪をひいたときはどうしても心細くなるし、熱い身体には他人の温度が心地いいのはよくわかる。
でもずっとこのままでいるわけにはいかない。
大河が起きてしまったらそれこそ大変だと、代役になりうる人を思案しながら、ひよりは何度も携帯を拾ってはテーブルへを繰り返していた。

ちょっと、あつい。

窓から差し込む陽射しが夏のものそのままで、ひよりは目を細めた。


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