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「はっは、はぁ…っ」
こんにちは、ご無沙汰してます羽原ひよりです。
まずは聞かせてください。
「なっ、なんで追ってくるの…!」
「逃げるから、でしょ…っはぁ」
背後から投げ掛けられた声は杏里のもので、先程その隣に誠がいたのも確認済みだった。
いくら走ったのだろうか。
息はあがり、身体は熱い。
講堂でつらい現実を突き付けられてどうも冷めてしまった心には、丁度いい温かさなのかもしれないとひよりはぼんやり考えつつも、足を止めることはしなかった。
なんとなくだけど、悪い理由で追われてるわけでないのは分かる。
「ふ、はあ…、」
けれどすべての決意が済んだ今、止まるわけにはいかなかった。
綺麗に磨かれた廊下に上履きを鳴らして、三つの足音が駆け抜ける。
ひよりと杏里は既に息を上げているが、誠はそれなりに体力がある方なのか段々と距離を詰めてきていた。
それは勿論ひよりにも理解できていて、このままではまずいと辺りを見渡した。
彷徨わせた視線の先に目に留まったものを目掛けてばくばくと音を立てる心臓を押さえて地面を蹴る。
階段を掛け降りて踊り場。
「…ごめんねっ!!」
掃除用具の入ったロッカーを思い切り、力一杯引き倒す。
派手な音を立ててロッカーは倒れて、中の掃除用具は散らばりひよりたちの間に大きな溝を作った。
すぐそばまでやってきていた誠に当たってはしないかと戻りたい気持ちにはなったが、ならば今まで逃げてきた意味がない。
「…ひよ、待って…!」
とはいえ散らばったのはただの掃除用具だ。
箒やモップ、ただの足止めにしかならない。
証拠にガタガタと掃除用具を退ける音が今も耳に届いて、ひよりは振り返る時間さえも与えられずにそのまま走る他なかった。
ど、何処か教室に隠れて…!
もうこれ以上は体力が持たないと表札を見上げれば、二つほど向こうに保健室が見える。
「…!」
保健室は、いやだ。
咄嗟に保健室を避けるように、その一つ手前の教室の扉を引いた。
保健室には大河や遊がいるという可能性を考えてだろう。
入る瞬間を目撃されては何の意味もないから、誠や杏里が階段を降りきる前にと慌てて身体を滑り込ませて、更に奥に隠れようと足を進めれば、思い切り。
「っと、うわ…!」
思い切り、転んだ。
やけに大きななにかに躓いて、だけど隠れようとしていた教室奥周辺しか見ていなかったからそのなにかが一体何なのかはわからなくて。
「いてて、」
転んだ拍子に捻った足を抑えながらなにかを確認すべく振り返り、思わず飛び退いた。
「か、いちょー…?」
誠や杏里に追われていたから、条件反射のように飛び退いてしまったけれども、大河はひよりを捕まえる気はないようだ。
それよりも虚ろな目をして、熱い息を吐いている。
自分の肩を抱いて、小さく震えていた。
「ちょ、かいちょー?
どしたの、え!?」
バタバタと教室の前を二つの足音が通り過ぎる。
小さく声を潜めながらもひよりは慌てて大河に近付いて、身体を引き起こした。
あつ、い。
「…なんで、こんなになるまでほっとくの、ばか。」
多分、ひよりの声は届いていない。
尋常じゃない発熱だ。
早く隣の保健室に運んで、と考えて乱雑に大河の身体を掴み引き摺っていこうとした。
そこまで考えてぴたりと動きを止める。
隣にはきっと、遊がいる。
これは、俺の勝手な考えで。
それでも。
自分よりいくらか大きな身体をしっかりと背中におぶって、身長差のせいで大河の足が床についてしまっているのを苦笑いしながら、教室のドアを開けた。
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