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あの後。
あの後大河はひよりの予想通り遊を抱えあげて保健室へ送った。
所謂お姫様だっこと呼ばれる抱えあげ方をして、それでも大河は遊の表情を見はしなかった。
視界の下の方で遊の目蓋が瞬くのには気付かないフリ。

此処で、此処でなんでだと問い掛けをする資格はなかった。

ただ、肩を抱いた感触でわかる。
力は抜けきっていないし、目蓋はピクピクと揺れている。
遊が気を失っていやしないのは明確だった。

「…はは、」

大変なことをしてしまったのだと実感する。
たった一人の少年に揺さぶられ、本当に大事にしていたものがなにだったのかを忘れていた。
バカだった。

さっき視界遠くで式列にいた生徒の身がゆらいだとき、助けなければと思ったのはちょっとした下心。
倒れたのが誰かは確認できなくて、誰かわからない奴を助けても仕方がないだろう、と思った。
いちいち舞台を降りるのも億劫だし、誰かが助けるのを待とうと思ったのだ。

そこにふとよぎった下心。
関係が崩れる前、ひよりがまだ笑ってくれていた頃。
きっとその頃の俺なら自分の利益やらを考えずに誰にでも手を差し伸べていた。
だから、せめてもの。
ひよりに許して欲しくて。

簡潔に言ってしまえば、酷く、酷く勝手な自分の気持ちで倒れた他人をダシにつかって格好をつけようと思ったのだ。
そうして勝手な自分に選ばれた可哀想な人間が、まさか遊だなんて、なんて皮肉な。

「…ん、」

保健室に入り遊を寝かせれば、彼はまだ寝たふりを続行する気なようで、小さく声を洩らす。
そして真っ白のシーツの中に顔を埋めていった。

他人を利用して、少しでも自分を許して貰おうと思った罰だと、思う。

大河はベッドの脇に小さく腰掛け自身を嘲笑うことしかできなかった。
あの後、会長自らの手で生徒会をリコールする気でいたのだ。
最も謝るべきであるひよりとは、最早謝罪することさえ許されないような距離が空いてしまったけれど。
生徒や教師に謝罪をして、解散するつもりでいた。
勿論次の生徒会を育ててからの予定ではあったが、あの場で発表する気だった。

しかし自分の身勝手な格好付けのせいで、結果はあれ。
ひよりをまた酷く傷付けて、止める間もなく背中を見失った。
自分は相変わらず待遇のよい生徒会室へ身を置いたまま。
格好を付けるために差し伸べた手を離すわけにも行かず遊を保健室に届けてきて、最早どうすればいいのかわかりやしない。

惨めにすがり付けば良かったのかもしれないが、既に堕ち沈んだ身体を自ら更に汚す勇気もなかった。

ああ、もういっそ。
もう一度だけチャンスが欲しい、隣にいて欲しいなんて思わないから。
だから、ひよりを傷付けたここ最近の自分を掻き消して欲しいとそれだけは願わせて欲しい。
せめてひよりの中に、なにも残らないように。

「あー…杏里とまこの奴、ひよ追いかけてんのか、な…」

もうさすがに合わせる顔もねぇわ、と大河はひとり、ひよりを追うわけでもなく遊の側にいるつもりもなく、妙にふわりと感覚の薄い右手でドアの取っ手に手を掛けて保健室を後にした。

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