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そして来たる入学式。生徒会長として壇上に立つ大河への歓声に、ざわつく声に、ひそめた声に。人気があればこそ、やっぱり聞きたくない言葉だって聞こえてくるものだ。値踏みに妬み。そっと舞台袖のひよりが耳を塞いだ所だった。一際大きな声が聞こえたのは。

「お前らうるさいっ!」

いくつもの声が反響する中でもよく響いたその声に、周りの生徒や大河までがそちらに視線を寄せた。

「生徒会長が困ってんじゃんか!」

集まった視線を気にも止めず更に大きな声を上げる男。
それが問題の新入生、下崎遊だった。
鬘を被っているわけでもなければ、ビンの底のような分厚いレンズの眼鏡をしているわけでも無い。かといって不良なのかと聞かれれば、そうでもない。髪の毛をおとなしい茶髪に染めた、至って普通の生徒であった。
しん、と静まり返る体育館を不思議に思い、舞台袖のひよりも耳を押さえていた手をそっと下ろす。一連の流れはよく聞こえていなかった。

「…いいじゃん。」

だから驚いた。さっきとは打って変わって、ただの一つの声も聞こえない静かな体育館に落とされたその呟きは、ひよりの胸をおもいっきりざわつかせた。口端を上げて笑う大河の横顔に何故だか言い様のない不安がひよりの中でぐるぐると渦を巻いて、どうしようもなく、手を、伸ばしたくなった。


* * * * * * * * *


ぎし、と軋む椅子にもたれ掛かりひよりは天井を仰ぐ。
それからはあっという間だった。大河が関係者以外立ち入り禁止の約束を破って生徒会に新入生の下崎遊を連れてきて、杏里も誠もどうしてかゆるやかに彼に惹かれていったようで。
今までの落ち着いた雰囲気とは打って変わって、このせまいただただ四角い部屋にはとても明るい声が響くようになった。どちらかといえばひよりが一番生徒会としての役目に後ろ向きだったのに、そうもいかなくなった。放課後、だれもこの部屋に来ないことだって増えた。騒がしく遊ぶことを覚えた他の生徒会のメンバーの代わりに、少し前まではサボりがちだったひよりが他のメンバーの仕事まで手を付けなければならない始末だった。

「なあ、ひよりもこっち来てよ!」

誠の片膝に身体を倒して寛ぎながら、遊がひよりに声を掛ける。そのせいで、他からの視線が痛くなったことに心の中でそっと文句を言ってひよりは再びペンを握った。ひよりが輪の中に入らないことか、それとも自分たちと盛り上がっているのにひよりに興味を逸らすことか。何にしろ、あまり良い視線ではないことくらいわかる。最近はずっとこうだ。

「ごめんねぇ、俺お仕事中なんだ、」

「いっつもそれじゃん!」

言い終わるか言い終わらないかの内に被せられた声に、ひよりはため息を付く。ふん、と怒る遊に優しい言葉を掛ける杏里を見てひよりはこれ以上ここに留まるまいと席を立った。
何枚か作業中の書類と資料を抱えてみんなが寛ぐソファを通り過ぎる。そのままがちゃり、ぱたん。
おいでって、言うけどさぁ。

「そのソファ4人しか座れないし。」

生徒会室を出たひよりは一人小さく呟いた。

わずかに足音を立てながら、生徒会関係者以外立ち入り禁止のフロアを後にしたひよりが向かうのは、教室でも自室でも無い。

「進藤せんぱーい…」

逃げ込んだのは、生徒の誰もが畏怖する風紀室だった。そんな部屋の前でノックもせずに声を掛けたひよりだったが、すぐに返答がある。

「羽原か、入れ。」

安定した低音にほっと安堵しひよりは扉を開いた。
部屋に近付くことさえも許されないと言われている風紀室だが、いざ中に入ってみると、コーヒーのいい香りが漂うあたたかな場所であった。
ひよりにとっては、だが。最恐だと噂される委員長、進藤和樹もたしかに全ての人に優しいわけではないが、ひよりには厳しくない視線を寄越す。

「また追い出されたのか。」

「自分で出て来たんですってばぁ。」

資料を捲る手を止めずに問い掛ける進藤にひよりは少し苦い笑みを向けた。空いているスペースに、持ち込んだ書類を広げて作業を始める。進藤がコーヒーカップを机に置く音、書類が捲られるときの微かな摩擦音。偶に委員の生徒が進藤に声を掛けて何度か飛び交う仕事の話。
ああ、ここは静かだなあ、とぼんやり霧がかった頭の中で考えからひよりは机に伏せった。

「全く…おい、羽原。」

「んー…?」

自分の両腕の中でこもった返事をする。思ったより小さな声になってしまったが眠気に勝てずに突っ伏したままだった。席を外せと言う進藤に従って、委員の生徒が一旦外に出てから進藤は改めてひよりに声を掛ける。

「お前は、このままでいいのか?」

「…その話、やだなぁ。」

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