11



ぎりり、と歯を噛んだのは誰だったのか。
謝罪という言葉に不安を感じて生徒がざわめく中、怨めしい程に大河を睨み付けるのは。

「っなに言う気だよアイツ…!
滅茶苦茶じゃねぇか、!」

周りには聞こえないような声で呟くのは。
一年だと言うことを示す、赤い靴ひもの通った上履きで苛立ちに床を強く踏むのは。

「…っ」

ぐらりと空を切って椅子から転げ落ちたのは。

「ちょ、下崎!?」

響いたのは、隣の生徒が大きな音を立てて床に伏せったことに慌てた一般生徒の声だった。
伝染するように遊のいる場所から講堂内へとざわめきが広がってゆく。
確かに遊は周囲の生徒から快く思われていないが、やはり倒れたとなっては心配であるようだった。
大丈夫か、なんて声がざわめきの中に混じり、舞台の上のひよりは目を凝らす。
しかし広い講堂の中、少し離れた距離にある一年の席はよく見えずに、遠くのざわめきを聞く他ない。
一体誰が倒れたのかもわからないままだ。
どうしたものかと隣の大河に視線をやれば、すとん、と舞台を飛び降りる所だった。
不安に揺れる周囲の生徒を掻き分けて大河は騒ぎの中心へと進んでゆく。
突然の出来事にざわついていた生徒たちも口を閉じて大河の行動を見守ることに徹したようだった。
視界遠くで、倒れた生徒を抱き起こし呟いた大河の声。
小さな小さな声だったにも関わらずしんと静まり返った講堂内のせいで、舞台の上にまでその声は届いた。

「遊…。」

「っ、」

自然に、肩が揺れた。

遊ちゃん、か。
遊ちゃんだって分かったから助けにいったのかな、かいちょー。
きっとそうだよねぇ。
そうじゃなきゃ動く人じゃあないもんね。

途端に居心地が悪くなった。
大河はきっと自分の発表も放り出して、きっとこのまま遊を抱き上げ保健室へ向かうのだろう。
安易にそんな想像が出来上がった。
隣から大河が去ってしまうのは、なんとなくデジャヴ。
まるで遊が入学してからの現象と同じだった。

だから、大河と遊が講堂から姿を消す前に、と。
すう、と一つ息を吸い込む。

「…俺からの発表先にしちゃうねぇ。」

一度に此方へ向いた視線にたじろぎながらも、ひよりは声を紡ぐ。

「えー、と、ね、俺、生徒会辞めます!
みんな今までいっぱいメーワク掛けてごめんなさい。」

ありがとうございました、と小さくお辞儀をした。
ざわめく間もない。
次々に起こる出来事に生徒達は頭がついていかないらしく、その殆どが放心状態だった。

「ちょっ、おい待てひよ!」

皆がぽかんと口を開ける中、大河だけが慌ててひよりを引き留める。
なんで、とひよりは掌に爪を立てた。

かいちょーは。
俺が生徒会辞めるの納得してたよね。
なのになんで今さら待て、なの。

「…俺は、もういっぱい待ったよ。」

消え入りそうなひよりの声が届いた者はいたのか。
未だ呆然と事態を見守る生徒達を横目に、ひよりは出てきた方とは逆の舞台袖へはけていった。

「聞いてないぞ、羽原…。」

次期生徒会が決まった時点でひより纏めて生徒会をリコールする気でいた進藤は、行儀よく並べた膝元を力一杯握った。
ひよりを現状から解放するために、ひよりを追い込んだ生徒会に罰を与えるためにリコールを考えていた。
しかし、ひよりが一人で辞めていった時点でそれはできなくなったのだ。
何故かと聞かれれば、それはひよりが望んだことだから。

「くっそ、」

わざわざリコールを食らう前に一人で辞めていったのだ。
まるで、大河たちがリコールされるのを避けるように。
大河たちを庇うように。

「…追い詰めていたのは、俺か。」

ひよりを救うために考えていたことは全部空回りで、結局は誰に罰を与えることもできずにこの様だ。
ただひよりの大切な場所を取り上げただけ。

「くっそ、くそ…!」

進藤が自席でズボンを握り締めている間、自分を戒めるように腿に爪たてるのは、大河とて同じだった。

prev next



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -