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「それではーー年度、第ーー回生徒総会をはじめる。」

凛、とした声が響いた。
声の持ち主は生徒会長である那智坂大河のものである。
舞台袖から綺麗に通った横顔を眺めて、本当に最後になるであろうこの景色を目に焼き付けて置こうとひよりは珍しく背筋を伸ばしていた。
今までの生徒総会なんて、正直舞台袖で寝てた。
面倒だから屋上とか生徒会室とか中庭とか。
それこそありとあらゆるところで昼寝を満喫しているのに、まるで探知機でも付いてるんじゃ、というくらいすぐに見つかるのだ。
会長がにやりと嫌に含んだ笑みを見せて、そうして半ば無理矢理に、両脇を杏里と誠に抱えられて舞台袖へ連れられるのが、ひよりの常だった。
そんな日常も、もう終わりなのだ。
いや、遊が入学してきた時点で終わっていたのかもしれない。

「まずは理事長より挨拶があります。」

何処か腹を決めたような声が端整な横顔から零れる。
言い終えてから、大河はひよりたちの居ない側の舞台袖へ帰っていった。
そして歳の肥えた理事長の話が気怠く始まる。
どうしてもこの時間はすきになれない。
瞼がとろんと下りてきて、パイプ椅子に腰掛けたまま頭を垂らしそうになる。
大きく揺れて、眠りに入る前独特の、所謂鮒こぎ状態。

「…ひよ、いなくなんないで。」

だから突然隣からそんな声が掛かったときにはひよりはびくりと身体を揺らした。
既に頭が夢に揺れていたことから、あまり大きな動きがあったかはわからないのだが。
ゆったりとした動作で声のした方へ顔を向ければ、誠が心配そうな表情で立ち竦んでいた。
きゅと眉を寄せて、瞳が沈んでいる。

俺がこのカオをさせちゃっているのか。
でも、まだこのカオをしてくれる人がいるのなら、俺のコウコウセーカツも捨てたものじゃなかったかなー、なんて!

「ん、ごめんね。」

出来ることならば、いなくなんかなんないよ、って。
何時もの通りへらりと笑って髪を撫でてやりたいのに、それはもう赦されていない。
全部、自分の決めたことだった。

ひよりはやり場のない指先を白くなるまでぎゅっと膝の上で握る。
だらだらと続いた理事長の話が終わって、もう一度舞台へ大河が戻る。
先程まで雑音に浮いていた講堂がまた静かになって、ああ、会長ってやっぱりすごいんだ、とひよりは唇を結んだ。

「次に、来年度生徒会の選出を始めたいと思う。
方法は前年度同様、人気投票だ。
現生徒会の推薦を得たものには、相応のポイント加算があるので、各自把握するように。」

その台詞に、静まったはずの講堂が僅かにざわめいた。
申請さえ出せば授業欠席を無償で許されることや、人気投票上位である者との生活、一言で学校を自由に動かせる権利。
生徒会に興味のないものなんていない。
誰もが瞳に期待を宿らせて、次の言葉を待つ。

「ん、どうすっかな…」

なにやら大河は悩んでいるようだった。
それから舞台袖、つまりこちらに目をやり、小さく手招きをする。
誰を呼んでいるのかわからなくて、隣の誠と後ろにいる杏里を見やれば、とんと背中を押された。

「ひよりでしょ、呼ばれてるの。」

「え、俺…?」

なんで、と一度思案して気が付いた。

俺が辞めることを発表しやすくするつもりだと、思う。
このまま舞台へ上がり、続けて辞任を発表してしまえ、と。

ひよりは小さく息を飲み、握り続けた指先をそっとほどいて、明るみに足を進めた。

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