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クラスメイトも巻き込んで一頻り笑って、すぐだった。

「さっきの一年、何してたんだろーな?」

「確か生徒会に取り入ってるー、って噂の奴だよな。」

不穏な会話が耳に入ったのは。
その声を耳に留めたのは涼だけだったようで、ひよりはクラスメイトに貰ったドーナツをもふもふと頬張っている最中だ。
前の入り口から入ってきたそいつらの会話が妙に気になって、涼はひよりの元をすっと離れた。
ひよりには心配を掛けぬよう、自然に。

「んー?涼じゃんどうかした?」

軽く肩を掴めば、あっさりと立ち止まるクラスメイトたちに、小さく問いかける。

「おい、もしかして下崎遊って奴そこに居たか?」

あー、と声が上がった。
購買に行ってきた帰りのようで、抱えたパンの包装を解きつつクラスメイトが頷く。

「確かそんな名前だったな、あいつ。」

「さっき教室の中覗き込んでたぞー!」

正直、憎まずにはいられない年下の彼の姿が涼の脳内を掠めた。

いたのだ、下崎遊が。
たった今この教室の前に。
一体、何のために。

「そっか、さんきゅ。」

脳内に思考を張り巡らせるが、答えは出ない。
仕方なくクラスメイトに礼を告げてひよりの元に戻れば、ドーナツを食べ終えたからか眠たそうに、もう殆ど机に身体を預けた状態が目に入る。

傍には生徒会だから、とか、外見、だとか。
それだけのために集まっているわけじゃなく、ひよりの友人として沢山の人が居て。
ふわふわと意識を飛ばしそうなひよりを囲む視線はどれも暖かくて、だからもう大丈夫だと思うのに、なのに。

「…下崎、遊。」

胸が、ざわつくばかりだった。

「涼?」

そろそろ授業が始まるかと、それぞれが自分の席へ帰ってゆく。
涼も例外ではなく、ひよりに背を向けたのだが、動くことは叶わなかった。
既に眠りのなかに誘われながらも、ゆるりと目を開いたひよりが、様子を窺うように涼のシャツの裾を掴んだのだ。
きっと、眉間に皺を寄せた涼の表情が目に入ったから。
きゅ、と掴まれた白いシャツに、涼は目を細めた。

ああ、何時だったか。
生徒会入りが決まって、面倒くさがるひよりを宥めて。
それでも次期会長であった那智坂に会えば、楽しそうに笑うひよりに、何度も拳を握り締めた日々。
次期生徒会としての連絡を伝えに来て、用を済ませ帰ろうとする那智坂の制服の裾を掴んで、引き留めて、まるでこんな風に。

「なんでもないから気にすんな。」

ひよりのことが好きだからこそわかってしまっていた。
涼はぐっと拳を握って、その指先を隠すように笑う。

あの時確かにひより大河に好意を寄せていた、と。

だからこそ、もう渡さない。

漸く離れた生徒会と、遊の存在。
いつもはひよりを安心させることを第一に考えている涼だが、過る一抹の不安に、ぎこちなく笑うことしかできなかった。

「…なんかあったら俺にそーだんしてねぇ。」

ふわふわと微睡んで、シャツから指先が落ちていった。
とうとう眠りについてしまったようで、ひよりは完全に目を閉じている。
伏せられた目蓋の上でもくるんと長い睫毛に指先を潜らせて、涼は漸く自分の席へと足を向けたのだった。

ぐるぐると渦巻く想いの交錯に、戸惑う学生たちにも時間は平等で。
ごく稀にふわりと風がカーテンを揺らすのみとなった暑い季節。
窓際の席で日向ぼっこをするように眠るひよりの元にもしっかりと、その時は近付いてきていた。
生徒会室では、未だに処分されることのない不格好なティーカップが、ひっそりと存在を主張している。

嗚呼、夏休みがすぐそこだ。

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